【山岳紀行】スッカン沢・桜沢 ー 九月の碧渓を遡る

九月末、那須のスッカン沢から桜沢へ。スッカンブルーと称される碧い水と柱状節理の渓谷美に魅せられながら遡行した日帰りの沢旅は、雄飛、仁三郎、素簾といった趣深い名を持つ滝に彩られていた。沢屋として綴る、初秋の渓谷紀行。
第1部:碧い渓谷へ
九月最後の日曜日。私とS、Mの三人は、夜明け前に東北を発った。那須のスッカン沢—その名は「すっかん」という擬音に由来するとも言われる—を遡り、桜沢へと抜ける計画である。
山の駅たかはらから林道を歩き始めたのは午前八時過ぎであった。曇天ながら時折晴れ間が覗く空模様に、期待と不安が半ばする。スッカンブルーと称される特異な水色は、果たして見られるだろうか。
雷霆の滝を過ぎ、咆哮霹靂の滝—雷鳴と稲妻を思わせる勇壮な名を持つ滝—の轟音が近づく頃、渓谷の様相は一変した。眼前に広がったのは、柱状節理が幾何学的な美を成す岩壁と、その隙間を縫うように流れ落ちる碧い水流である。

スッカン橋を渡り、入渓する。水は思いのほか冷たく、フェルトソールが濡れた岩を慎重に捉える。だが足元への不安よりも、この水の色に目を奪われた。尿前沢で見た、あの透明感のある碧を思い起こさせる。シルキーブルーとでも呼ぶべき、絹のような滑らかな色合いが、柱状節理の暗い岩肌に映えていた。

第2部:滝と名前と
雄飛の滝へ近づくにつれ、渓相は更に変化を見せる。右岸の岩壁から、すだれ状の細い滝が幾筋も落ちてきた。まるで雨に打たれるような状況である。
「レインウエアを着よう」

Sの声に頷き、三人は雨具を身に纏った。頭上から降り注ぐ水を浴びながら進む。晴れているのに雨の中を行く、奇妙な感覚であった。冷たい水が首筋を伝い、背中を濡らしていく。
雄飛の滝が現れた。高さは十メートルほどか。滝壺を覗き込むと、深く碧い水を湛えている。釜は相当に深そうだ。この水温では、泳ぐのは避けたい。三人で顔を見合わせ、巻くことにした。岩質は堅く、ホールドも豊富に見える。登攀は容易そうだが、釜の深さが躊躇わせた。滝の造形美と、その周囲を取り囲む柱状節理の幾何学的な美しさを目に焼き付け、登山道を辿って滝の上へ出る。

仁三郎の滝を登り、素簾の滝を探すが、見当たらない。Mが地図を確認し、我々は少し行き過ぎていたことに気づいた。引き返すと、支流の奥に白い糸を垂らしたような滝が見えた。素簾—簾を意味する雅な名である。その名の通り、繊細で優美な滝であった。

登山道に出て仁三郎の滝を過ぎる頃には、もう正午近い。雄飛、仁三郎、素簾—まるで趣味人が愛情を込めて名付けたような、ユニークな名前ばかりだ。この渓谷を初めて遡った者は、どのような思いでこれらの名を付けたのだろうか。
第3部:桜の沢と碧い滝と
スッカン沢を詰め上がり、桜沢へ入る。色の変化に驚いた。スッカンブルーは消え、桜沢の水は無色透明である。同じ那須の山域でありながら、この対比は鮮やかだ。
沢床は美しいナメが続く。滑らかな岩盤を薄く水が流れ、その上を歩く。春であれば、散った桜の花びらがこの水面を流れてくるのだろうか。そう想像すると、桜沢という名がいっそう美しく響いた。今まで遡ってきた沢の中で、最も美しい名称かもしれない。

咆哮霹靂の滝も、雷霆の滝も、いずれも登攀可能であった。核心部と呼べる箇所はなく、初心者でも安心して遡行できる渓谷である。だがそれは退屈を意味しない。次々と現れる滝と、変化に富んだ渓相が、飽きることなく我々を楽しませてくれた。

そして最後に、おしらじの滝が待っていた。
滝壺の色に息を呑んだ。何ブルーと呼べばいいのか。スッカンブルーとも異なる、深く澄んだ碧である。水は透明なはずなのに、滝壺だけがこのような色を湛えている。光の加減か、水深によるものか。理由は分からない。ただ、この美しさを目に焼き付けるだけであった。

学校平に出たのは午後二時過ぎ。曇天の空が、ようやく晴れ間を広げていた。
那須らしい柱状節理の渓谷美と、スッカンブルーから透明、そして再び碧へと変化する水の色。雄飛、仁三郎、素簾、咆哮霹靂、雷霆—趣深い名を持つ滝の数々。初秋の沢旅を満喫した一日であった。
記録
- 日程: 2025年9月28日(日) 日帰り
- メンバー: 3名
- 山域: 那須・スッカン沢~桜沢
- ルート: 山の駅たかはら → スッカン橋(入渓) → 雄飛の滝 → 仁三郎の滝 → 素簾の滝 → 桜沢 → 咆哮霹靂の滝 → 雷霆の滝 →おしらじの滝 → 学校平 → 山の駅たかはら
- 行動時間: 約6時間(休憩含む)
- 宿泊形態: 日帰り
- 天候: 曇り時々晴れ
- 水量: 中程度
- 特記事項:
- スッカンブルーと呼ばれる碧い水が特徴的
- 柱状節理が美しい
- 滝は全て登攀可能
- 初心者向けの沢