【山岳紀行】

【山岳紀行】七滝沢 ー 夏の終わりの瀑布群を遡る

北村 智明

八月末、飯豊連峰の前衛・二王子岳へ七滝沢から入った。巨岩が累々と重なる渓を、容赦ない陽射しの下で遡る。七滝と呼ばれる5段100メートルの滝群を越え、さらに7段130メートルの大滝に挑んだ一泊二日は、体力の限界を試される山行となった。登攀者として、また一人の渓流を愛する者として綴る、盛夏の沢登り紀行。

第一部:灼熱の渓へ

当初の計画が変更となり、急遽この七滝沢へ転進することになった。前泊用のテントを忘れるという失態から始まった今回の山行は、どこか最初から綻びを孕んでいたのかもしれない。野宿と車中泊で身体を横たえ、翌朝五時に目を覚ました。

六時半、内ノ倉ダムの杉滝岩駐車場を発つ。林道は前半こそ快適であったが、後半は薮が迫る。幸いアブの姿はない。S、W、Oの三人と共に、朝の冷気を吸いながら歩を進めた。

七滝沢出合には明瞭な踏み跡がついている。水量はやや少なめ、水温はぬるい。魚の姿が心配になるほどの温度である。巨岩が折り重なるゴーロを進むと、やがて深い釜を持つ滝が現れた。足のつかぬ深みが続き、我々は泳ぐことを余儀なくされる。

二段五メートルのナメ滝は、二段目がショルダーでも抜けられず諦めた。十メートル滝は右岸を巻く。二段八メートルは右壁を登る。岩は確かで、さほど困難ではなかった。

やがて「七滝」と呼ばれる五段百メートルの滝群が姿を現す。通常は左岸を大高巻きするというが、我々は直登を選んだ。一段目は右側から取り付き、二段目は右壁をザイルを出して登る。三段目から五段目は右岸を巻いた。

五段が終わると、巨岩の間を縫うように三メートル、七メートル、八メートル、十五メートル、六メートルと滝が連なる。いずれも容易に越えられる。しかしこの頃からカエルが目立ち始め、それを餌とする蛇の姿も増えてくる。メジロが執拗に纏わりつく。

午後の陽射しは容赦なく、頭上から降り注いだ。


第二部:七段の大滝と猛暑の遡行

そして、ついに七段百三十メートルの大滝が現れた。これこそが真の「七滝」ではないかと皮肉を言いたくなるような威容である。しかし名称は異なる。

三段目以外の全てを登ることにした。三段目は中段付近の岩質が悪く、挑戦したが諦めざるを得なかった。その後、区別のつかぬ四段六十メートル滝を越え、広い釜を持つ二十メートル滝へと至る。

この頃、私の体は限界に近づいていた。猛暑による熱中症の兆候か、頭痛が始まる。二十メートル滝は五メートルほど手前から登ったが、ザレた急斜面にブッシュがなく、恐ろしく悪い。一か八かのルート取りに、後から大いに反省することとなった。本来は釜のはるか手前のルンゼから岩壁を越えて大高巻きすべきだったのだ。

高巻きが終わると、渓相は穏やかになった。標高八百二十四メートル付近、右岸に砂地の良さそうな場所を見つけ、ビバークを決める。

十五分ほど釣りを試みた。魚影は濃いが小物ばかりで、十二センチの岩魚が一匹釣れただけだった。これはリリースする。メジロに頻繁に食われる煩わしさもあった。

薪は豊富にある。夕飯はカレー。ビールを飲み、早々に眠りに落ちた。身体が熱を持ったまま、谷底の闇に沈んでいった。


第三部:詰めの藪漕ぎと下山

四時半に目を覚ます。仲間がまだ寝ている間に、熾火で火を起こした。朝はラーメン。六時半、出発する。

平らなゴーロを越えると小ゴルジュとなる。小さなCS滝は左岸を巻く。ニラのような雑草が岩場に根を張り、手がかりとして十分に頼れる。灌木に残置があるので懸垂も可能だが、我々はブッシュ沿いにクライムダウンした。

小滝をいくつか越え、十七メートル滝は右壁の階段状を快適に登る。高さがあるのでザイルを出したが、必要なかったかもしれない。

三つ釜の滝は白く美しかった。一段目を左壁、釜をトラバースして二、三段を右壁。その後のゴルジュめいた残置がぶら下がる小滝は、右壁をへつれば濡れずにパスできる。

二俣で水量を減らしつつ小滝を越えていくと、やがて水は涸れた。枯沢を進むと人工物があり、用水路が現れる。そこから水は復活し、再び小滝で標高を上げていく。

特に難しい滝はないが、ブッシュが覆い被さり面倒である。水が枯れた後も沢筋を進んだ。詰めもブッシュの処理が煩雑で、某沢本に「藪漕ぎ無し」と書いてあったが、これを無しとは言えまい。十分から十五分ほどで登山道に出た。

山頂で昼休憩を取り、下山路へ。暑さは相変わらずで、長い下りが身体に堪える。避難小屋の水場で喉を潤した。湧き水は冷たく、生き返る思いである。

神社から林道を横断し、登山者用駐車場へ戻ってゴールとした。

巻きが多く、トラバースの斜度がきつい。腕力でひたすら越えていく登攀系の沢であった。延々と滝が続き、巨岩帯が主体となる体力勝負の山行である。滝はダイナミックで見応えがあるが、正直なところ私の好みではないかもしれない。しかし、やっつけておかねば年を取ってからは行きたくない。そういう類の渓である。

ギャップの登り返しでスタンスが崩れ、二、三メートル落ちた。あばらが痛む。後日、病院でレントゲンを撮り診察を受けたところ、肋骨骨折であった。

飯豊らしい巨岩と滝、そして容赦ない夏の陽射し。体力を削られた二日間であったが、これもまた沢登りの醍醐味であろう。


記録

日程: 2023年8月26日(土)〜27日(日)
メンバー: 4名
山域: 飯豊連峰・二王子岳
ルート: 内ノ倉ダム杉滝岩駐車場 → 七滝沢出合 → c824mビバーク → 詰め → 二王子岳 → 二王子神社登山口
行動時間: 1日目12時間24分 / 2日目9時間13分
宿泊形態: ビバーク(c824m右岸砂地)
天候: 晴れ
水量: やや少なめ、水温ぬるめ
遡行グレード: 3級上
登攀グレード: Ⅲ級+(7段130m滝)

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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