【深層考察・入門編】

【深層考察】クローブヒッチの基本 ー 素早く、調整できる結び

北村 智明

クローブヒッチ(マスト結び)は、登山で最も使用頻度の高い結びの一つだ。テント設営から支点への固定まで、応用範囲は広い。しかし、荷重方向による強度差を理解しなければ、危険を招く。素早く結べて長さ調整が容易な、この実用的な結びを正しく使う。


【記事情報】

  • 難易度: 初級
  • 対象: 登山歴1年未満、実用的なロープワークを学びたい層
  • 記事タイプ: 技術解説
  • キーワード: クローブヒッチ、マスト結び、ロープワーク、登山初心者

第1部: なぜクローブヒッチなのか

「使える」結びの条件

ロープワークを学ぶ際、多くの人は複雑な結びに目を奪われる。しかし、実際のフィールドで本当に使える結びは、以下の条件を満たすものだ。

第一に、素早く結べること。緊急時や悪天候下では、複雑な手順は混乱を招く。クローブヒッチは、慣れれば5秒程度で完成する。

第二に、長さ調整が容易なこと。一度結んでも、張り具合を調整できる。テント設営や荷物固定では、この特性が極めて重要だ。

第三に、解きやすいこと。荷重がかかった後でも、比較的簡単に解ける。撤収時の手間が少ない。

クローブヒッチは、これら全てを満たす稀有な結びだ。

名前の由来

クローブヒッチ(Clove Hitch)の「Clove」は、古英語で「分かれる」を意味する。ロープが2つに分かれて交差する形状から名付けられた。

UnsplashMathias Redingが撮影した写真

日本語では「マスト結び」と呼ばれる。帆船の帆をマスト(帆柱)に固定する際に使われたことが由来だ。この歴史が示すように、古くから信頼されてきた結びである。

一般登山での使用場面

クローブヒッチの応用範囲は広い。

青いロープがクローブヒッチで結ばれている

セルフビレイの作成
支点への自己確保で使う。メインセルフをカラビナに結ぶ際、クローブヒッチなら長さ調整が容易だ。これが最も重要な使用場面だろう。

カラビナへの素早い固定
カラビナに素早くロープを固定する。確保システムの構築、荷揚げの準備など、時間が重要な場面で活躍する。

中間支点の作成
ロープの途中に支点を作る場面。沢登りやバリエーションルートで活用される。

荷物の一時固定
バックパックへの外付け、荷物のまとめ。長さを調整しながら締められるため、効率的だ。

ただし、どの場面でも使えるわけではない。荷重のかかり方によっては、強度が大きく低下する。この限界を理解することが、安全な使用の前提だ。


第2部: クローブヒッチの原理と実践

結びの構造

クローブヒッチの構造は単純だ。支点(カラビナや樹木)にロープを2回巻きつけ、2回目の巻きを1回目の上に重ねる。これだけである。

重要なのは「交差」だ。2つの巻きがX字に交差することで、互いに押さえ合い、摩擦が生まれる。この摩擦が荷重を支える。

この様にXになっていることを確認しよう

もう一つの特徴は「方向性」だ。両端のロープに均等に荷重がかかる場合、結びは安定する。しかし、片側だけに荷重がかかると、結びが滑る可能性がある。この性質が、クローブヒッチの長所であり短所でもある。

結び方の手順

クローブヒッチには、いくつかの結び方がある。ここでは最も基本的な「カラビナへの結び方」を解説する。

ステップ1: 第1の輪を作る
ロープでカラビナに輪を作る。この時、ロープの進行方向(どちらが先か)を意識する。右から左へ、または左から右へ、一貫した方向で巻くことが重要だ。

ステップ2: 第2の輪を作る
同じ方向に、もう一度輪を作る。この2つ目の輪が、1つ目の輪の上に重なる位置になるよう調整する。

ステップ3: 交差を確認
2つの輪がX字に交差しているか確認する。正しく結べていれば、ロープが「入って、交差して、出る」という流れが見える。

ステップ4: 締める
両端のロープを引いて、結び目を締める。カラビナに密着させることで、滑りにくくなる。

樹木への結び方
樹木に直接結ぶ場合も、手順は同じだ。ただし、樹木は太いため、輪を大きく作る必要がある。また、樹皮の摩擦が少ない場合、滑りやすいことに注意すべきだろう。

ロープの途中で結ぶ方法
カラビナを使わず、ロープの途中で結ぶこともできる。両手で2つの輪を作り、重ね合わせてカラビナに通す。この方法は、慣れれば極めて速い。上級者向けの技術だが、練習する価値はある。

確認のポイント

結び終わったら、必ず以下を確認する。

交差の形
2つの輪がX字に正しく交差しているか。交差が逆になっていると、強度が著しく低下する。

締まり具合
結び目がカラビナまたは支点に密着しているか。緩いと、荷重時に滑る危険がある。

荷重方向
両端のロープに、どのように荷重がかかるか。片側だけに大きな荷重がかかる場合、クローブヒッチは適さない。

よくある間違い

巻く方向の誤り
2回とも同じ方向に巻かず、逆方向に巻いてしまう誤り。これでは交差が正しく形成されず、すぐに解ける。

ダメな例

交差の位置ミス
2回目の輪が1回目の下になってしまう。正しくは「上」に重ねる必要がある。

緩すぎる結び目
締め込みが甘いと、荷重時に結び目が動いて滑る。特にカラビナへの結びでは、しっかりと締めるべきだ。


第3部: 実践での使い分けと限界

使える場面、使えない場面

使える場面

  • テント・タープの張り綱(長さ調整が必要)
  • 荷物の固定(調整しながら締める)
  • 支点への仮固定(短時間の使用)
  • 両端に均等な荷重がかかる場面

注意が必要な場面

  • 片側のみに大きな荷重(滑る可能性)
  • 動的な荷重(揺れや振動)
  • 長時間の使用(徐々に緩む可能性)

使ってはいけない場面

  • メインの確保(墜落荷重を受ける場合)
  • 命を完全に預ける場面
  • 荷重方向が頻繁に変わる場面

なぜこれらの場面で使えないのか。それは、クローブヒッチの構造的特性による。

クローブヒッチの弱点

片側荷重への弱さ
両端のロープに均等に荷重がかかれば、クローブヒッチは安定する。しかし、片側だけに荷重がかかると、結び目が滑って移動する可能性がある。

これは欠点であると同時に、長所でもある。長さ調整が容易なのは、この「滑りやすさ」があるからだ。

動的荷重への弱さ
静的な荷重には強いが、揺れや振動を伴う動的な荷重には弱い。結び目が少しずつ緩む可能性がある。

荷重方向の制約
ロープの両端が、支点に対してほぼ反対方向に出ている必要がある。変則的な角度では、結びが不安定になる。

強度を高める工夫

バックアップの追加
重要な場面では、クローブヒッチの後にハーフヒッチを追加する。端をもう一度巻きつけるだけの簡単な作業だが、安全性は向上する。

荷重の均等化
可能な限り、両端に均等な荷重がかかるよう配置を工夫する。テント設営では、張り綱の角度を調整することで実現できる。

結び目の締め込み
荷重をかける前に、しっかりと締め込む。これだけで、滑りにくさが大きく改善する。

適切な結びの選択
クローブヒッチが適さない場面では、無理に使わない。もやい結びや8の字結びなど、より確実な結びを選ぶべきだろう。

状況別の実例

ケース1: テント設営
張り綱をペグに固定する。クローブヒッチでカラビナに結び、カラビナをペグにかける。長さを調整しながら、テントの張り具合を調整する。

この場合、荷重は静的であり、両端にある程度均等にかかる。クローブヒッチが最適な場面だ。

ケース2: 荷物の外付け
バックパックに荷物を外付けする。クローブヒッチでバックパックのループに固定し、長さを調整しながら荷物を締める。

ザックの上部にマットを縛っている例

荷重は比較的軽く、生命に関わらない。解きやすさも重要なため、クローブヒッチが適している。

ケース3: 休憩時の簡易確保
急斜面で休憩する際、樹木に体を確保したい。クローブヒッチで樹木に固定し、ハーネスや胸部に連結する。

これは補助確保であり、完全に体重を預けるわけではない。しかし、念のためバックアップとしてハーフヒッチを追加すべきだろう。

ケース4: 使うべきでない例
クライミングでの墜落荷重がかかる確保。これは絶対に避けるべきだ。クローブヒッチは衝撃荷重に対応していない。エイトノットなどの確実な結びを使う。


第4部: 練習と応用技術

練習の基本

クローブヒッチの習得は、もやい結びより容易だ。構造が単純で、手順も少ない。

自宅で8mm程度の練習用ロープとカラビナを使い、繰り返し結ぶ。目標は、見なくても5秒以内に結べることだ。

慣れてきたら、以下の練習も有効だろう。

  • 目を閉じて結ぶ
  • グローブをつけて結ぶ
  • 樹木など、カラビナ以外への結び
  • ロープの途中で2つの輪を作る方法

長さ調整の技術

クローブヒッチの最大の利点は、結んだ後でも長さ調整ができることだ。

調整方法
片方の端を引くと、その側が長くなり、反対側が短くなる。結び目は支点上を滑って移動する。

注意点
調整する際は、一度荷重を抜く必要がある。荷重がかかった状態では、摩擦が大きく動かない。

実践例
タープ設営で張り綱の長さが微妙に合わない。クローブヒッチなら、結び直すことなく、その場で調整できる。この効率性が、登山では大きな利点となる。

応用技術: ムンターヒッチへの発展

クローブヒッチをマスターしたら、ムンターヒッチ(半マスト結び)という応用技術がある。

ムンターヒッチは、クローブヒッチと似た構造だが、ロープの摩擦を利用した確保技術だ。ビレイデバイスがない場合の緊急確保に使える。

ただし、これは中級者以上の技術だ。クローブヒッチを確実にマスターしてから、挑戦すべきだろう。

ムンターヒッチ(半マスト結び)

確認の習慣化

練習の際、必ず以下を声に出して確認する。

「2つの輪がX字に交差しているか」
「結び目は締まっているか」
「荷重方向は適切か」

この習慣が、フィールドでの安全につながる。

フィールドでの実践

低リスクの場面から
まずは荷物の固定、テント設営など、命に関わらない場面で使う。慣れてから、簡易確保などに応用すべきだ。

必ずダブルチェック
自分で確認した後、可能であれば経験者にも見てもらう。特に初めての使用では、この確認が重要だ。

適材適所
クローブヒッチが適さない場面では、無理に使わない。もやい結びや8の字結びなど、状況に応じた結びを選ぶ判断力が重要である。


まとめ

重要ポイント

クローブヒッチの特徴

  • 素早く結べる(5秒程度)
  • 長さ調整が容易
  • 比較的解きやすい
  • しかし荷重方向に制約がある

使える場面と限界

  • ✓ テント設営(張り綱の固定)
  • ✓ 荷物の固定(調整が必要な場面)
  • ✓ 仮固定(短時間の使用)
  • ✗ メインの確保(墜落荷重)
  • ✗ 片側のみに大きな荷重

安全のために

  • 2つの輪をX字に交差させる
  • 結び目をしっかり締める
  • 荷重方向を確認
  • 重要な場面ではバックアップ追加
  • 不安があれば別の結びを選ぶ

他の結びとの使い分け

クローブヒッチ vs もやい結び

  • クローブヒッチ: 長さ調整が必要、両端に荷重
  • もやい結び: 固定された輪が必要、解きやすさ重視

クローブヒッチ vs 8の字結び

  • クローブヒッチ: 仮固定、調整が必要
  • 8の字結び: 確実な固定、命を預ける場面

それぞれに適した場面がある。使い分けの判断力を養うことが、ロープワーク上達の鍵だ。

次のステップ

クローブヒッチを確実にマスターしたら、次は8の字結びを学ぶとよい。もやい結び、クローブヒッチ、8の字結び。この3つで、一般登山における大半の状況に対応できる。

最後に

クローブヒッチは実用的で便利な結びだ。しかし、便利さゆえに過信してはならない。適切な場面で、正しく使うことが重要である。

そして何より、ロープワークは使わないことが最善だ。適切なルート選択、慎重な行動により、ロープを使う状況を避けることができる。

しかし、万一の備えを持つことで、行動の幅は広がる。この記事が、安全で快適な山行への一歩となれば幸いだ。


【練習用品】

練習用ロープ: 8mm×3m程度

携行用ロープ: 補助ロープ 8mm×30m

カラビナ: HMS型ロッキングカラビナ

【参考書籍】

『ロープワーク・ハンドブック』山と溪谷社

『セルフレスキュー技術』東京新聞出版局

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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