【山岳紀行】

【山岳紀行】鹿狼山・鎌倉山・浅木山 ー 令和八年、元日の三山巡り

北村 智明

新年の幕開けを山で迎える。福島県と宮城県の県境に位置する鹿狼山で初日の出を拝み、その後有志と共に鎌倉山、浅木山へと足を運んだ一日は、阿武隈の山々に静かに祈りを捧げる時間に満ちていた。登山者として、また一年の安全を願う者として綴る、令和八年元日の山行紀行。


第一部:元日の鹿狼山へ

暗闇の中を車で走らせる。国道6号を北上した。午前5時半前、まだ夜は明けきらぬ時刻である。フロントガラスの向こうには、黒々とした山容がうっすらと浮かび上がっていた。

令和の改元から早幾年。世界を揺るがした感染症の記憶も、今や遠い過去の出来事となった。しかし、山に向かうこの道は変わらない。毎年元日に、私は山へ向かう。それは祈りであり、また決意でもある。

鹿狼山――福島県新地町と宮城県丸森町の県境に位置する標高430メートルの山である。うつくしま百名山の一つにも数えられ、頂からは太平洋の広大な水平線と、西に蔵王の白き山並みを同時に望める稀有な展望の山として知られる。周囲に高い山がないため、海を見ながら登れる山として親しまれている。その名は、昔々、白い鹿と白い狼を連れた手長明神という神様が住んでいたという言い伝えに由来する。手長明神は長い手を伸ばして太平洋から貝を捕り、その貝殻が積もって新地貝塚が生まれたという民話が今も語り継がれている。新地町側では毎年元旦に大規模な登山イベントが行われ、約2000人が初日の出を目指す。今回は丸森町教育委員会主催の「日本一早い山開き」に参加した。こちらは30名程度の少人数イベントで、いきいき交流センター大内を午前5時に集合し、大沢峠登山口から入山する行程である。

午前5時27分、鹿狼山駐車場を出発した。駐車場にはすでに数十台の車が並んでいる。丸森町の山開きイベントは30名程度の募集だが、新地町側からも多くの登山者が訪れており、登山道は賑わっている。ヘッドランプの灯りが点々と連なり、夜明け前の登山道を照らしている。元日の山を目指す人々の熱気が、冷たい空気の中に立ち上っていた。

大沢ルートを登る。比較的緩やかな道だが、足元は凍結している。軽アイゼンを装着すべきか迷うほどではないが、一歩一歩の置き場に神経を研ぎ澄ませる。新年初の山行で無様な転倒を喫するわけにはいかない。靴底が氷を捉える感触を確かめながら、慎重に足を運んだ。

寒さは例年並みだろうか。吐く息が白く、手袋をした指先が冷たい。しかし、身体を動かすにつれて芯から温まってくる。周囲から聞こえる話し声は、どれも新年を迎える期待に満ちていた。「今年もいい年になるといいね」「去年は〇〇に登ったよ」。断片的に耳に入る会話が、暗闇の中で親しみを感じさせる。

55分ほど歩いたところで、東の空が薄く明るみ始めた。午前6時22分、山頂に到着する。既に多くの人々が集まっており、各々が初日の出を待っている。鹿狼神社の社が静かに佇んでいた。この神社は、かつて山岳信仰の対象として地域の人々の心の拠り所となってきた。今もなお、その信仰は受け継がれている。

水平線には雲がかかっていた。不安が頭をよぎる。このまま初日の出を見られないのではないか。しかし、待つしかない。山の天候は、人の力ではどうにもならない。

やがて、その隙間から朱色の光が滲み始めた。太陽が姿を現す。水平線の雲を割り、溢れ出した朱色の光は、凍てついた大気を溶かす聖火のようであった。周囲から歓声が上がる。私も手を合わせ、今年一年の山の安全を祈った。

午前7時17分、下山開始。下山は賑やかだった。すれ違う登山者たちと新年の挨拶を交わしながら、ゆっくりと高度を下げていく。「明けましておめでとうございます」「今年もよろしくお願いします」。山ですれ違う人々との挨拶が、いつもより温かく感じられた。

26分ほどで鹿狼温泉登山口に到着した。ここで新地町側の関係者から、山開きの記念手ぬぐいをいただいた。「ありがとうございます」と礼を述べると、関係者は笑顔で「今年もいい年になりますように」と返してくれた。そのささやかな交流が、新年の山行に温もりを添える。

さらに登山道を下り、午前8時26分、駐車場に戻った。すでに陽は高く昇り、冬の青空が広がっていた。しかし、まだ一日は始まったばかりである。

第二部:鎌倉山、思いの外の寒さ

鹿狼山を後にし、有志数名と共に車で移動した。次の目的地は丸森町の鎌倉山である。車窓からは、阿武隈の低山が連なる風景が広がる。この山域は、急峻な山ではないが、地域の歴史と信仰に根ざした山々が数多く点在している。

鎌倉山は阿武隈山地の北端に位置する標高340メートルの山である。古くから農業の神様を祀る羽山神社の信仰を集め、地域の人々にとっては五穀豊穣を祈る聖地として親しまれてきた。低山ながら急峻で、山頂付近には羽山神社があり、「天狗相撲取り場」という岩の展望台から阿武隈の山並みを一望できる。今回は佐野コースを登った。

午前9時42分、登山口を出発した。鎌倉山登山口の石柱と鳥居が立っている。鳥居をくぐり、足を踏み入れると、思いの外寒さが身に沁みる。鹿狼山よりも標高は低いが、風が冷たい。標高だけでは測れない、山それぞれの気候がある。風の通り道になっているのだろうか。ソフトシェルのジッパーを上げた。

急な登りが続く。鹿狼山の後だけに、足に疲労が溜まっているのを感じた。しかし、それでも足を止めることなく登り続ける。新年の山行は、自分自身との対話の時間でもある。一歩一歩を大切に、呼吸を整えながら登る。

39分ほど歩き、午前10時21分に山頂付近に到着した。羽山神社の社が迎えてくれる。ここでSが甘酒を注いでくれた。

一口含むと、麹の甘さが口の中に広がった。冷えた身体の芯まで染み渡っていく。鼻に抜ける麹の香りが、正月らしさを感じさせた。「美味い」と思わず声が出る。皆で甘酒を飲みながら、今年の山行への思いを語り合った。「今年はどこに登りたい?」「やっぱり北アルプスかな」「沢もいいよね」。山の話は尽きない。

「天狗相撲取り場」と呼ばれる岩場からの展望は素晴らしかった。阿武隈の山々が連なり、遠くには蔵王の山々も望める。この山域は、深いV字谷に刻まれた地形が特徴だ。花崗岩質の地質が風化し、複雑な地形を形成している。山頂自体は樹木に覆われているが、この岩場からの眺めがこの山の魅力だ。

午前10時56分、下山開始。下山は慎重に進んだ。急峻な道を滑らぬよう、一歩一歩確実に足を運ぶ。登りよりも下りの方が事故が多い。それを肝に銘じ、焦らず下る。38分ほどで登山口に戻った。午前11時34分、すでに正午が近づいている。

第三部:浅木山、三山の締めくくり

最後に向かったのは浅木山である。鎌倉山からさほど遠くない場所に位置する里山で、山頂には山津見神社が祀られている。山津見神は、日本神話に登場する山の神であり、古来より山岳信仰の対象として崇められてきた。この地にも、その信仰が息づいている。

午前11時55分、登山口を出発した。すでに二山を登り終えており、足取りは重い。太腿に疲労が蓄積しているのを感じる。しかし、三山すべてのお社にお参りすることが今日の目的だ。疲労を押して歩を進める。

浅木山の登山道は穏やかで、鎌倉山のような急峻さはない。しかし、その分静かで、山の懐に抱かれるような安堵感があった。木々の間を抜け、ゆっくりと高度を稼いでいく。落ち葉を踏む音だけが、静寂を破る。

冬の木立は、葉を落とし、骨格だけを晒している。しかし、その姿には枯れた美しさがある。近年の温暖化の影響か、雪が少ない。かつてはこの時期、もう少し雪があったように思う。気候は確実に変わりつつある。

30分ほど歩き、午後0時半頃に山頂に到着した。山津見神社の小さな社があった。ここで三山目の祈りを捧げる。鹿狼山の鹿狼神社、鎌倉山の羽山神社、そして浅木山の山津見神社。それぞれの山に神が祀られ、地域の人々の信仰を集めてきた。今年も安全に山登りができるよう、改めて心の中で祈った。

下山の途中、ふと立ち止まる。冬の木立の間から差し込む午後の陽光が、落ち葉を照らしていた。その光は金色に輝き、まるで錦を織りなすようであった。元日の山行を終えるにふさわしい、穏やかな時間である。午後0時49分、登山口に戻った。


戻る車の中で、今日一日を振り返った。鹿狼山の初日の出、鎌倉山の甘酒、浅木山の静けさ。三つの山を巡り、三つの社――鹿狼神社、羽山神社、山津見神社――に手を合わせた。それは単なる登山ではなく、新年を山と共に迎えるための儀式のような時間であった。

車窓からは、冬の田園風景が流れていく。刈り取られた田んぼが、陽光を浴びて輝いている。遠くには阿武隈の山々が連なり、その向こうには蔵王の白き峰が見える。一日の疲れが、心地よい眠気へと変わっていく。しかし、それは充実した疲労である。

令和八年、2026年の幕開け。今年も山は変わらずそこにあり、私たちを迎えてくれる。この一年が、安全な山行に満ちたものとなることを願いながら、私は家路についた。


記録

  • 日程: 2026年1月1日(水・祝) [日帰り]
  • メンバー: 丸森町教育委員会主催「日本一早い山開き」参加(約30名募集)、その後有志数名で鎌倉山・浅木山へ
  • 山域: 阿武隈山地北部(福島県・宮城県)
  • ルート:
  • 鹿狼山:鹿狼山駐車場 → 大沢ルート → 山頂(鹿狼神社) → 鹿狼温泉登山口経由 → 駐車場(周回)
    • 距離:7.0km
    • 累積標高差:登り377m、下り360m
  • 鎌倉山:鎌倉山登山口(佐野コース) → 山頂(羽山神社) → 登山口 往復
    • 距離:3.8km
    • 累積標高差:登り335m、下り336m
  • 浅木山:登山口 → 山頂(山津見神社) → 登山口 往復
    • 距離:1.8km
    • 累積標高差:登り178m、下り183m
  • 行動時間:
  • 鹿狼山:3時間42分(山行2時間05分、休憩1時間37分)
    • 駐車場 5:27 → 山頂 6:22(55分)
    • 山頂滞在 6:22-7:17
    • 山頂 7:17 → 鹿狼温泉登山口 7:43(26分)
    • 鹿狼温泉登山口 → 駐車場 8:26(43分)
  • 鎌倉山:1時間52分(山行1時間17分、休憩35分)
    • 登山口 9:42 → 山頂 10:21(39分)
    • 山頂滞在 10:21-10:56
    • 山頂 10:56 → 登山口 11:34(38分)
  • 浅木山:54分(山行54分、休憩なし)
    • 登山口 11:55 → 山頂 12:25頃(30分)
    • 山頂 → 登山口 12:49(24分)
  • 天候: 曇り時々晴れ(初日の出は雲の隙間から観測)
  • 気温: 例年並みの寒さ(氷点下〜5℃程度)
  • その他特記事項:
    • 丸森町教育委員会主催「日本一早い山開き」参加
    • 募集人数約30名、いきいき交流センター大内に5時集合
    • 手ぬぐいの配布あり(鹿狼温泉登山口にて)
    • 三山それぞれの社(鹿狼神社、羽山神社、山津見神社)にお参り

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【追伸:次は、あなたの番です!】

阿武隈の山々での元日山行の記録、最後まで読んでくださりありがとうございます!

記事の中でご紹介したように、初日の出を山で迎える体験は格別です。低山でありながら、海を望む鹿狼山からの眺めは忘れられないものとなります。

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私も阿武隈の山々で感じた、あの「新年の清々しさ」と「山への感謝」を、あなたにも満喫していただけるよう、心を込めてご案内します!

まずは、おしゃべりする感覚で、お気軽にご連絡くださいね。

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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