【深層考察・入門編】もやい結びの基本 ー 「結びの王様」を正しく使う
「結びの王様」と呼ばれるもやい結び。しかし、間違った結び方や不適切な使用は、命に関わる。輪を作る最も汎用性の高いこの結びを、原理から実践まで徹底解説。初心者が押さえるべき、正しい結び方と使い分け。
【記事情報】
- 難易度: 初級
- 対象: 登山歴1年未満、ロープワークの基礎を学びたい層
- 記事タイプ: 技術解説
- キーワード: もやい結び、ロープワーク、登山初心者
目次
第1部: なぜもやい結びなのか
「結びの王様」の理由
ロープワークには数十種類の結び方がある。その中で、もやい結び(ボーラインノット)が「結びの王様」と呼ばれるのには理由がある。
第一に、作った輪の大きさが変わらない。荷重をかけても輪は締まらず、緩めても広がらない。この特性が、様々な場面で応用を可能にする。
第二に、荷重後も比較的解きやすい。他の多くの結びは、強い荷重がかかると結び目が固く締まり、解くのに苦労する。もやい結びは、荷重を受けても構造が保たれ、解除が容易だ。
第三に、結ぶ速度が速い。慣れれば10秒程度で完成する。緊急時の素早い対応が可能になる。
しかし、万能ではない。もやい結びには明確な弱点がある。それを理解せずに使うことは、危険を招く。
一般登山での使用場面
クライミングやアルパインクライミングではない、一般的な登山において、もやい結びが活躍する場面を考えてみよう。
樹木への固定
休憩時、荷物や体を樹木に確保する。急斜面での作業時、滑落防止の簡易確保。沢沿いの行動で、濡れた岩場を通過する際の補助。
荷物の固定
テントの張り綱、荷物のまとめ、食料のツリーハング(熊対策)。これらは命に直結しないが、快適性や安全性を高める。
緊急時の対応
負傷者の搬送、崩落地点の迂回、予期せぬ岩場での補助確保。こうした場面で、素早く確実な輪を作れることが重要になる。
ただし、繰り返すが、もやい結びは全ての場面で使えるわけではない。その限界を知ることが、安全な使用の前提だ。
第2部: もやい結びの原理と実践
結びの構造
もやい結びの構造は、一見複雑に見えるが、原理は単純だ。
ロープの途中に小さな輪を作る。この輪に端の部分を通し、元のロープの周りを回して再び輪に戻す。すると、端が元のロープに絡みつく形になり、荷重時に締まってロックする。
重要なのは「摩擦」と「締め付け」の組み合わせだ。荷重がかかると、端の部分が元のロープを締め付け、同時に小さな輪が端を固定する。この相互作用が、結びの強度を生む。
結び方の手順
もやい結びには、いくつかの結び方がある。ここでは最も基本的な「兎の穴」方式を解説する。
ステップ1: 小さな輪を作る
ロープの途中、輪にしたい位置から50cm程度手前で、小さな輪を作る。この輪を「兎の穴」と覚える。輪は、ロープの下側が上に重なるように作る。これが極めて重要だ。

ステップ2: 端を輪に通す
ロープの端を、下から輪に通す。「兎が穴から出る」と覚える。通した端は、15-20cm程度の長さを確保したい。

ステップ3: 元のロープの下を回る
端を、元のロープ(輪を作っている側)の下を通して回す。「兎が木の周りを回る」だ。この時、元のロープの上を通してしまうと、全く機能しない結びになる。必ず下を通すことだ。

ステップ4: 輪に戻す
端を再び小さな輪に通す。「兎が穴に帰る」。今度は上から輪に入れる。

ステップ5: 締める
大きな輪の部分と、元のロープの両方を引いて、結び目を締める。小さな輪の大きさが適切になるよう調整する。端の余りが15cm以上あることを確認する。

確認のポイント
結び終わったら、必ず以下を確認する。
端の位置
最も重要な確認だ。端が小さな輪の「内側」から出ているか。外側から出ている場合、それは「偽もやい結び」であり、全く機能しない。
具体的には、端と元のロープ(輪を作っている側)が、小さな輪を挟んで反対側にあるべきだ。同じ側にある場合は間違いである。
結び目の形
正しく結べていれば、小さな輪の部分で端が元のロープを「抱きかかえる」ような形になる。この形が見えない場合、経路が間違っている可能性が高い。
端の余り
15cm以上は必須だ。荷重時、結び目は多少動く。余りが短いと、端が抜ける危険がある。
結び目の締まり具合
緩すぎると強度が落ちる。かといって、力任せに締める必要はない。適度な締まり具合を、練習で体得すべきだろう。
よくある間違い
経路の誤り
最も多いのは、ステップ3で元のロープの上を通してしまうことだ。これでは端が固定されず、荷重で結びが解ける。
輪の向きの誤り
ステップ1で、ロープの上側が下に重なるように輪を作ってしまう誤りもある。これも偽もやい結びになる。
端の余りの不足
「この程度でいいだろう」と短くすると、荷重時に端が抜ける。15cmは最低限と考えるべきだ。
第3部: 実践での使い分けと限界
使える場面、使えない場面
使える場面
- 樹木や岩への固定(一方向の静的荷重)
- 荷物の結束
- 簡易的な胸部確保(補助的)
- ロープの端に輪を作る必要がある場面

使ってはいけない場面
- ハーネスへの直接連結(墜落荷重がかかる可能性)
- 双方向の荷重がかかる場面
- 衝撃的な荷重が予想される場面
- 命を完全に預ける主確保

なぜこれらの場面で使えないのか。それは、もやい結びの構造的弱点による。
もやい結びの弱点
衝撃荷重への弱さ
もやい結びは、ゆっくりとかかる静的な荷重には強い。しかし、墜落時のような衝撃的な荷重には弱い。結び目が瞬間的にずれ、強度が低下する可能性がある。
このため、クライミングでのハーネス連結には使わない。代わりに8の字結びを使うことが標準だ。
双方向荷重への弱さ
もやい結びは、一方向の荷重を想定している。輪に荷重がかかり、それを元のロープが支える形だ。
しかし、元のロープにも同時に荷重がかかる場合、結び目が動いて緩む可能性がある。完全に機能しなくなるわけではないが、信頼性は落ちる。
緩んだ状態での脱落リスク
もやい結びは、常に荷重がかかっている状態では安定している。しかし、荷重がかかったり外れたりを繰り返すと、徐々に緩む可能性がある。
極端に緩んだ状態では、最悪の場合、結びが解けることもあり得る。これが「絶対に安全」とは言えない理由だ。
バックアップの重要性
これらの弱点を補うため、バックアップが推奨される。
フィッシャーマンズノットの追加
もやい結びで輪を作った後、端の部分でメインロープにフィッシャーマンズノットを作る。端をメインロープに2回巻きつけ、巻いた輪の中に通して締める。こうすることで、万一もやい結びが緩んでも、端が抜けることを防げる。
この追加で、安全性は大きく向上する。特に、荷重のかかり方が不安定な場面では、バックアップを省略すべきではない。
二重もやい結び
端を2本にして結ぶ方法もある。強度は上がるが、結びが大きくなり、解きにくくなる。状況に応じて使い分けるべきだろう。
クライミング用途では使わない
バックアップをしても、衝撃荷重がかかる場面では使わない。これが最も確実な「バックアップ」だ。適切な結びを選ぶこと自体が、安全管理の基本である。
状況別の実例
ケース1: 樹木への体の確保
急斜面で作業する際、樹木に体を確保したい。この場合、もやい結びで輪を作り、ハーネスや胸部に通す。バックアップとして端に8の字結びを追加する。
荷重は比較的静的であり、万一滑っても樹木が支える。もやい結びが適している場面だ。
ケース2: 食料のツリーハング
熊対策で、食料を樹木に吊るす。枝にロープを投げて通し、もやい結びで輪を作る。食料袋を輪に通して引き上げる。
荷重は静的で、双方向ではない。解きやすさも重要なため、もやい結びが最適だ。この場合、バックアップは不要だろう。
ケース3: 簡易的な補助確保
沢沿いの濡れた岩場で、足場が不安定な場所を通過する。上部の樹木にもやい結びで輪を作り、カラビナで体に連結する。
これは補助確保であり、完全に体重を預けるわけではない。しかし、万一に備えてバックアップは追加すべきだろう。
ケース4: 使ってはいけない例
岩場でのクライミング、ハーネスへの直接連結。これは絶対に避けるべきだ。墜落時の衝撃荷重に対し、もやい結びは信頼できない。必ず8の字結びを使う。
第4部: 練習と習得のコツ
練習の基本
もやい結びの習得には、反復練習が欠かせない。自宅で8mm程度の練習用ロープを使い、見なくても結べるまで繰り返す。ホームセンターで売っている安価なロープで十分だ。
慣れてきたら、目を閉じて結ぶ、グローブをつけて結ぶなど、悪条件を想定した練習も有効だろう。
確認の習慣化
練習の際、必ず以下を声に出して確認する。
「端は輪の内側から出ているか」
「端の余りは15cm以上あるか」
「結び目は適切に締まっているか」
この習慣が、フィールドでの安全につながる。どれほど慣れても、確認を省略してはならない。
フィールドでの実践
低リスクの場面から
いきなり命を預ける場面で使わない。まずは荷物の固定、休憩時の補助確保など、低リスクの場面で使う。
必ずダブルチェック
自分で確認した後、可能であれば経験者にも見てもらう。「たぶん大丈夫」は禁物だ。
不安があれば使わない
結び方に自信がない、状況が不適切だと感じる。そうした場合は、無理に使わない判断も重要だ。より確実な8の字結びに頼ることも選択肢である。
上達のコツ
リズムで覚える
「穴から出て、木を回って、穴に帰る」。このリズムを口ずさみながら練習すると、体が覚えやすい。
失敗から学ぶ
間違えたら、なぜ間違えたのか考える。経路の誤り、輪の向き、端の位置。原因を理解することで、同じ間違いを繰り返さなくなる。
人に教える
最良の学習は、人に教えることだ。説明することで、自分の理解が深まる。登山仲間と一緒に練習するのも良い方法だろう。
まとめ
重要ポイント
もやい結びの特徴
- 輪の大きさが変わらない
- 荷重後も解きやすい
- 素早く結べる
- しかし万能ではない
使える場面と限界
- ✓ 樹木への固定(静的荷重)
- ✓ 荷物の結束
- ✓ 補助的な確保
- ✗ ハーネスへの直接連結(衝撃荷重)
- ✗ 主確保としての使用
安全のために
- 端は必ず輪の内側から
- 端の余りは15cm以上
- バックアップを追加
- 必ず確認を習慣化
- 不安があれば使わない
次のステップ
もやい結びを確実にマスターしたら、次は8の字結びを学ぶとよい。8の字結びは、もやい結びが使えない場面で活躍する、より確実な結びだ。
両方を習得することで、状況に応じた適切な選択ができるようになる。
最後に
もやい結びは「結びの王様」だが、王様にも限界がある。万能ではないことを理解し、適切な場面で使うことが重要だ。

そして何より、ロープワークは使わないことが最善である。適切なルート選択、慎重な行動により、ロープを使う状況を避けることができる。
しかし、万一の備えを持つことで、行動の幅は広がる。この記事が、安全な山行への一歩となれば幸いだ。
【練習用品】
練習用ロープ: 8mm×3m程度
携行用ロープ: 補助ロープ 8mm×30m
カラビナ: HMS型ロッキングカラビナ
【参考書籍】
『ロープワーク・ハンドブック』山と溪谷社
『セルフレスキュー技術』東京新聞出版局
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