【深層考察・入門編】初心者が登るべき関東の山5選 ー ガイドが選ぶ、失敗しない最初の一歩

北村 智明

「登山を始めたいけれど、どの山を選べばいいのか」。この問いに対して、安易に「簡単な山」を勧めるだけでは不十分だ。初心者が求めるのは、安全に登れるだけでなく、達成感と山の魅力を存分に味わえる山である。関東起点で日帰り可能、ガイド経験に基づいて厳選した5つの山を、その魅力と登りやすさの理由、そして下山後の楽しみまで含めて紹介する。


導入:初心者の山選びで重要な3つの視点

初心者向けの山選びには、3つの視点が欠かせない。

第一に安全性。整備された登山道、明瞭なルート、そして万が一の際の退避手段があることだ。

第二に達成感。単に楽な山ではなく、適度な挑戦があり、登頂の喜びを実感できることだ。

第三に総合的な満足度。登山そのものだけでなく、歴史や文化、下山後の温泉やグルメといった付加価値が、初心者の「また登りたい」という気持ちを育てる。

この3つの視点から、関東起点で日帰り可能な5つの山を選んだ。すべて私がガイドとして何度も案内してきた山であり、初心者が確実に成功体験を得られる山である。


第1の山:高尾山(東京・599m)- 最初の一歩に最適な理由

高尾山の魅力

年間300万人が訪れる高尾山は、日本一登山者が多い山だ。だが、その人気は単なるアクセスの良さだけではない。

標高599mながら、山頂からは富士山、丹沢、奥多摩の展望が広がる。ミシュラン三つ星に選ばれた国際的評価も、この山の魅力を裏付けている。

何より、豊かな自然が魅力だ。1,600種以上の植物が自生し、都心からわずか1時間の距離でこれほどの生物多様性を持つ山は他にない。

登山アニメ『ヤマノススメ』の第1話でも主人公たちが初めて登る山として高尾山が登場し、「登山の入門」としての地位を象徴している。アニメの影響で登山を始めた若い世代も多く、高尾山は現代登山文化の入口でもある。

TOM
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「(高所恐怖症だから)山だけはダメェェェーーー!!!」byあおい

初心者でも登れる理由

高尾山が初心者に適している理由は、選択肢の多様性にある。

ケーブルカーとリフトが山腹まで運行しており、体力に不安があれば利用できる。登山道は1号路から6号路まで6つのコースがあり、最も整備された1号路は舗装されている。

標高差約400m、登山口から山頂まで約90分。この距離と時間は、初めての登山に最適だ。疲れたら途中で引き返すこともでき、心理的なプレッシャーが少ない。

トイレや休憩所、売店が複数あり、水分補給や食事の心配もない。携帯電話の電波も全域で通じる。

歴史的背景

高尾山の歴史は1,300年前に遡る。天平16年(744年)、聖武天皇の勅命により行基菩薩が開山した。山中の薬王院は、成田山新勝寺、川崎大師とともに真言宗智山派の三大本山の一つだ。

本尊の飯縄大権現は不動明王の化身とされ、天狗信仰と結びついている。境内には天狗の像が多く、修験道の山としての歴史を今に伝える。

江戸時代には江戸城の鎮護として崇められ、徳川家の保護を受けた。明治の神仏分離令後も、密教寺院としての伝統を守り続けている。

下山後の楽しみ

高尾山口駅前には、日帰り温泉「京王高尾山温泉 極楽湯」がある。2015年にオープンした施設で、登山後の疲れを癒すには最適だ。

高尾山口駅周辺には、名物のとろろそばや天狗焼きなど、グルメも充実している。薬王院での精進料理も体験できる。

登山後に時間があれば、高尾599ミュージアムで高尾山の自然を学ぶこともできる。入館無料で、子供から大人まで楽しめる施設だ。


第2の山:筑波山(茨城・877m)- 神話の山で学ぶ山岳信仰

筑波山の魅力

「西の富士、東の筑波」と称される筑波山は、関東平野に聳える独立峰だ。男体山(871m)と女体山(877m)の双耳峰からなり、その優美な姿は「紫峰」の雅称で親しまれている。そして深田久弥選出の日本百名山でもある。

山頂からの展望は圧巻だ。関東平野を一望し、天候が良ければ富士山、日光連山、太平洋まで見渡せる。特に夕景と夜景が美しく、筑波山からの夜景は「日本夜景遺産」に認定されている。

万葉集に25首が詠まれるほど、古来より文化人に愛された山でもある。

初心者でも登れる理由

筑波山はケーブルカーとロープウェイの両方が整備されており、体力に応じた登山プランが立てやすい。

御幸ヶ原コース(男体山側)は約2時間、白雲橋コース(女体山側)は約2.5時間。どちらも整備された登山道で、危険箇所は少ない。

白雲橋コースには「弁慶七戻り」「高天原」などの奇岩が点在し、飽きることなく登れる。御幸ヶ原コースは比較的なだらかで、初心者でも無理なく登頂できる。

山頂の御幸ヶ原には売店やレストランがあり、休憩しながら景色を楽しめる。

歴史的背景

筑波山神社の歴史は約3,000年とされ、日本神話のイザナギノミコト・イザナミノミコトを祀る。山そのものが御神体であり、古代山岳信仰の聖地だ。

崇神天皇の御代(約2,000年前)に筑波国が置かれ、物部氏の一族が祭政一致で奉仕した。日本武尊が東征の帰途に登山した記録も残る。

徳川家康は江戸城の鎮護として筑波山を崇め、慶長7年(1602年)に400石を寄進。江戸時代を通じて幕府の庇護を受けた。

明治の廃仏毀釈で多くの仏教施設が失われたが、筑波山神社の境内には江戸時代の文化財が残されている。

下山後の楽しみ

筑波山神社の門前には、日帰り温泉「筑波山温泉 筑波山京成ホテル」がある。露天風呂からは関東平野の絶景を眺められる。

つくば市内には、JAXAの筑波宇宙センターがあり、見学も可能だ。登山とは異なる知的好奇心を満たせる。

筑波山名物のガマの油売り口上は、週末に筑波山神社周辺で実演されることがある。江戸時代から続く伝統芸能を楽しめる。


第3の山:金時山(神奈川・静岡・1,212m)- 天下の険

金時山の魅力

金時山は箱根外輪山の最高峰であり、富士山の展望台として知られる。山頂からの富士山は、芦ノ湖や箱根の山々を前景に、絵画のような構図で望める。

童話「金太郎」のモデル、坂田金時の伝説が残る山でもある。山頂には金太郎を祀る金時神社の奥宮がある。

標高1,212mながら、登山時間は往復約3時間と短く、初めての1,000m超えに最適だ。

初心者でも登れる理由

金時山には複数の登山口があるが、最も人気があるのは金時神社入口からのコースだ。標高差約600m、登り約90分、下り約70分。

登山道は整備されており、急登もあるが短い。足元に注意すれば、特別な技術は不要だ。

山頂は広く、2つの山小屋(金時茶屋と金太郎茶屋)があり、名物のまさカリーや金時汁粉が楽しめる。山頂で食事を取りながら、富士山を眺める贅沢は格別だ。

私がガイドする際、金時山は「富士山の見える山」として紹介している。天候が良ければ、鉞の標柱のバックに見える富士山に参加者全員が感動する。

歴史的背景

金時山の名は、平安時代の武将、坂田金時(幼名:金太郎)に由来する。金太郎は足柄山で育ち、怪力無双で知られた。成人後は源頼光の四天王の一人として活躍し、大江山の酒呑童子退治で功を挙げた。

伝説では、金太郎はこの山で熊と相撲を取り、動物たちと遊んだとされる。山頂の金時神社奥宮は、その金太郎を祀る。

江戸時代には、足柄峠を越える東海道の裏街道として、この一帯は往来があった。金時山は旅人の目印でもあった。

現代では、人気漫画『銀魂』の主人公「坂田銀時」の名前の元ネタとしても知られる。金太郎伝説は時代を超えて愛され続けている。

TOM
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「人生を楽しく生きるコツは童心を忘れねーことだよ」by坂田銀時

下山後の楽しみ

金時山の下山後は、箱根の温泉を楽しめる。仙石原や強羅の日帰り温泉施設が充実している。

箱根には美術館や博物館も多く、ポーラ美術館、彫刻の森美術館、箱根ガラスの森美術館など、文化的な楽しみも豊富だ。

芦ノ湖畔のレストランで、富士山を眺めながらの食事もお勧めだ。箱根そばや湯葉料理など、箱根ならではのグルメが味わえる。


第4の山:三つ峠山(山梨・1,785m)- 富士山の特等席

三つ峠山の魅力

三つ峠山は、富士山の展望において関東近郊で最高峰の一つだ。山頂の開運山(1,786m)からは、遮るもののない富士山が眼前に広がる。

写真家に人気の山でもあり、特に朝焼けと夕焼けの富士山は絶景だ。南アルプス、八ヶ岳、奥秩父の展望も素晴らしい。

岩場の多い山容は、クライミングのゲレンデとしても知られる。山頂付近の屏風岩は、関東有数のロッククライミングエリアだ。

前述の『ヤマノススメ』の聖地としても注目されている。作中で主人公たちが挑戦する山として登場し、三つ峠駅にはパネルが設置されるなど、ファンの聖地巡礼スポットとなっている。アニメを見て登山を始めた若い登山者も多く、新しい世代の登山文化を象徴する山でもある。

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「山ってね、最初は森の中で何も見えないけど登って登って森を抜けたら必ずいい景色が待ってるの。それを見たときわたしいつも思うんだ。あきらめないでよかったなって」byかえで

初心者でも登れる理由

三つ峠山へは、三つ峠登山口(達磨石)からのコースが最も一般的だ。標高差約1,200m、登り約3時間30分、下り約2時間30分。

標高差は大きいが、登山道は整備されており、急登は少ない。樹林帯を抜けると視界が開け、富士山が姿を現す瞬間は感動的だ。

山頂手前には三つ峠山荘があり、宿泊も可能だ。日帰りでも十分だが、小屋に泊まって朝焼けの富士山を見るのも格別だ。

私がガイドする際、三つ峠は「富士山撮影登山」として企画する。カメラを持った参加者が、思い思いのアングルで富士山を撮影する姿は微笑ましい。

歴史的背景

三つ峠の名は、開運山、御巣鷹山、木無山の三つの峰から来ている。江戸時代には、富士講の行者たちが修行の場として訪れた。

山頂の三つ峠山神社は、富士信仰と結びついた神社だ。富士山を遥拝するための祭祀場として機能していた。

明治以降、三つ峠は富士山展望の名所として知られるようになった。大正時代には登山ブームが起こり、多くの文人墨客が訪れた。

昭和30年代からは、屏風岩でのロッククライミングが盛んになり、登山とクライミングの両方で親しまれる山となった。

下山後の楽しみ

三つ峠登山口周辺には、河口湖温泉郷が広がる。富士山を望む露天風呂は、登山の疲れを癒すのに最適だ。

河口湖畔には、河口湖美術館や河口湖音楽と森の美術館などの文化施設がある。ほうとうや吉田うどんなど、山梨のグルメも楽しめる。

富士急ハイランドや富士スバルラインなど、富士五湖エリアの観光スポットも充実している。登山と観光を組み合わせたプランが立てやすい。


第5の山:赤城山・黒檜山(群馬・1,828m)- 関東平野を一望する火山

赤城山の魅力

赤城山は、榛名山、妙義山とともに上毛三山の一つで三山唯一の日本百名山だ。複数の峰からなる火山群で、最高峰の黒檜山は標高1,828m。関東平野を一望できる展望が魅力だ。

山頂からは、日光連山、尾瀬、谷川岳、浅間山など、北関東の名峰が見渡せる。天候が良ければ富士山も望める。

カルデラ湖の大沼や小沼、湿原など、火山地形特有の景観が楽しめる。四季折々の自然が美しく、特に秋の紅葉は見事だ。

峠道を舞台とした走り屋漫画『頭文字D』に登場する「赤城レッドサンズ」の本拠地としても知られる。作中では赤城山の峠道でバトルシーンが繰り広げられ、聖地巡礼に訪れるファンも多い。山そのものだけでなく、周辺のドライブルートも含めて楽しめる山だ。

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「オレはロータリーエンジンの血脈に脈々と流れ続けている、孤高のスピリッツが好きなんだ」by高橋涼介

初心者でも登れる理由

黒檜山へは、大洞(おおぼら)駐車場からのコースが一般的だ。標高差約600m、登り約90分、下り約70分。

登山道は整備されており、危険箇所は少ない。急登もあるが、適度な休憩を取れば問題ない。

山頂は広く、展望が素晴らしい。ベンチもあり、ゆっくりと休憩できる。下山は駒ヶ岳経由で大沼を一周するルートも人気だ。

私がガイドする際、赤城山は「1,800m超えの日本百名山」として位置づけている。標高が高いため、達成感が大きい。

歴史的背景

赤城山は、古くから山岳信仰の対象とされてきた。赤城神社は、山麓の三夜沢、大洞、二宮など複数あり、いずれも古社だ。

『上毛野国風土記』には、赤城山と日光男体山が中禅寺湖を巡って争ったという伝説が記されている。赤城山の神が大ムカデ、男体山の神が大蛇に化けて戦ったとされる。

江戸時代には、赤城信仰が関東一円に広がり、多くの講が組織された。農業の神、火の神として崇められた。

明治以降は、避暑地として開発が進み、大沼周辺にはホテルや別荘が建てられた。現在も観光地として賑わっている。

下山後の楽しみ

赤城山の山麓には、日帰り温泉施設が複数ある。「赤城温泉 花の宿 湯之沢館」や「まえばし赤城の湯」など、選択肢は豊富だ。

大沼周辺には、ワカサギ釣りやボート遊びが楽しめる。冬季は氷上でのワカサギ釣りが風物詩となっている。

前橋市内では、群馬名物の焼きまんじゅうやひもかわうどん、もつ煮が味わえる。赤城牛も有名で、下山後のご褒美にお勧めだ。


総括:5つの山から学ぶ、初心者の山選びのポイント

5つの山に共通するのは、以下の要素だ。

第一に、明瞭なルートと整備された登山道。初心者が道迷いを起こすリスクが低く、安心して登れる。

第二に、適度な挑戦と達成感。簡単すぎず、難しすぎない。自分の足で登頂する喜びを味わえる。

第三に、山の魅力が多面的。展望、歴史、自然、文化。登山そのもの以外にも楽しみがある。

第四に、下山後の充実。温泉やグルメ、観光スポット。登山を「点」ではなく「線」で楽しめる。

初心者が最初に選ぶ山は、その後の登山人生を左右する。失敗すれば登山から遠ざかり、成功すれば次の山へと向かう。

この5つの山は、いずれも成功体験を約束できる山だ。まずはこの中から一つ選び、最初の一歩を踏み出してほしい。山は、あなたを待っている。


まとめ

◆ 5つの山の特徴

  1. 高尾山(599m):都心から1時間、ケーブルカーあり、年間300万人
  2. 筑波山(877m):双耳峰、ケーブルカー+ロープウェイ、関東平野一望
  3. 金時山(1,212m):富士山の絶景、往復3時間、箱根の温泉
  4. 三つ峠山(1,785m):富士山の特等席、写真家に人気、河口湖温泉
  5. 赤城山・黒檜山(1,828m):火山地形、大沼、上毛三山

◆ 初心者が山を選ぶ3つの視点

  • 安全性:整備された登山道、明瞭なルート、退避手段
  • 達成感:適度な挑戦、登頂の喜び
  • 総合的満足度:展望、歴史、温泉、グルメ

◆ すべての山に共通する要素

  • 関東起点で日帰り可能
  • ガイド経験に基づく推奨
  • 初心者の成功体験を約束

◆ 次のステップ

この5つの山を登った後は、テント泊や縦走など、より高度な登山へ。最初の一歩が、あなたの登山人生を決める。


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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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