【山岳紀行】碓氷川本流右俣 ー 明るき渓と歴史の道
講習会二日目、西上州の碓氷川本流へ。前日の裏妙義・谷急沢とは対照的な、明るく開けた渓相が迎えてくれた。ナメと小滝が続く穏やかな遡行、そして旧中山道を辿る歴史ある下山路。安全確保技術を学んだ充実の一日。
第一部:めがね橋からの入渓
二日間の講習会、その二日目の朝を迎えた。前日の谷急沢右俣遡行を終え、我々はひしや旅館で一夜を過ごした。疲労は残っているが、身体は山に馴染んでいる。
朝、再び出発する。向かうは西上州、碓氷川本流右俣である。車を走らせ、やがて目の前に碓氷第三橋梁—通称「めがね橋」—が姿を現した。

レンガ造りの四連アーチが、朝日を浴びて赤褐色に輝いている。明治二十五年に竣工されたこの橋梁は、かつて信越本線の碓氷峠越えを支えた遺構である。高さ三十一メートル、長さ九十一メートル。その堂々たる姿は、近代化遺産としての風格を漂わせていた。
橋の下を流れるのが、本日遡行する碓氷川である。めがね橋から五分ほど渓谷沿いの道を歩き、我々は入渓点に到着した。
碓氷川本流右俣—遡行グレード一級、登攀グレード三マイナス級。前日の谷急沢よりもさらに易しい渓である。本日のテーマは、安全確保技術の習得だ。講師の指導のもと、我々は実践的な技術を学んでいく。

水に足を踏み入れる。十一月の渓の水は、予想以上に冷たかった。前日の谷急沢は思いのほか温かったが、こちらは違う。冷気が足元から這い上がってくる。この時期、濡れることへの覚悟が必要だと、身体が教えてくれた。
第二部:明るき渓を遡る
碓氷川右俣の第一印象は「明るさ」であった。前日の谷急沢が深く切れ込んだV字谷であったのに対し、こちらは開けた渓相を持つ。陽光が渓谷の奥まで届き、岩も水も明るく輝いて見えた。

小滝が次々と現れる。高さは二、三メートル程度のものが多く、技術的な困難はない。しかし、本日の目的は滝を登ることではない。安全確保の技術を、実地で学ぶことにある。

講師が丁寧に指導する。支点の取り方、ロープワーク、参加者の動きを見守る際のポジショニング。沢に参加者を連れて入る際、どのように安全を確保するか。休憩時には水線図の読み方、遡行図の書き方についても学んだ。地形図上の等高線から渓相を読み取り、滝の位置を予測する。座学では学べない実践的な技術が、この渓谷で磨かれていく。

ナメが美しい。滑らかな岩盤を水が流れ、その上を慎重に歩を進める。濡れた岩面を捉え、グリップを確かめながら進む。このナメこそが、碓氷川右俣の魅力の一つであった。

高度を稼ぐにつれ、渓相は少しずつ変化していく。しかし、藪に阻まれることはない。前日の谷急沢もそうであったが、晩秋のこの時期、西上州の沢は藪が少なく快適だ。ヒルの心配もない。この季節ならではの恩恵である。

昼過ぎ、我々は遡行を続けた。小滝を越え、ナメを登り、時折現れるゴーロ帯を抜けていく。参加者全員が山の経験を積んだ者たちであるため、互いの技術を確認し合い、学び合う雰囲気がある。講習会ではあるが、和やかな空気が流れていた。
水の冷たさは、遡行が進むほどに身に染みてくる。しかし、動いていれば寒さは感じない。むしろ、冷水に浸かることで、身体が研ぎ澄まされていくような感覚があった。
第三部:詰めと旧中山道
詰めは予想以上に快適であった。藪漕ぎを覚悟していたが、その必要はない。開けた斜面を登り、やがて稜線へと到達する。

下山は旧中山道を辿る。かつて多くの旅人が往来したこの街道は、今も歴史の痕跡を色濃く残していた。道沿いには説明板が立ち、往時の様子を伝えている。馬頭観音、道標、石仏。それらを見ながら歩くことは、下山の疲労を忘れさせてくれた。
歴史街道を歩きながら、私は二日間の講習を振り返った。谷急沢の柱状節理と紅葉、碓氷川の明るいナメと小滝。対照的な二つの渓を遡行し、それぞれの魅力を味わった。そして何より、沢登りにおける安全確保の技術を、実践の中で学ぶことができた。

旧中山道を下りきり、やがてめがね橋が再び視界に入る。朝見た時とは違い、西日を浴びて橙色に染まっていた。明治の遺構が静かに佇む姿は、時の流れを感じさせる。
我々は二日間の講習会を終えた。裏妙義と西上州、二つの山域で学んだことは多い。技術、自然への理解、そして仲間との連携。それらすべてが、今後の山行の糧となるだろう。
碓氷川本流右俣は、技術的な難易度こそ高くないが、沢登りの基本を学ぶには最適な渓である。明るく開けた渓相、美しいナメ、そして歴史ある下山路。これらが調和し、充実した一日の山行を提供してくれた。
めがね橋を後にし、我々は次なる山行へと向かう。学びは終わらない。山は常に、新たな課題と発見を我々に与え続けるのである。
記録
- 日程: 2021年11月5日(金)
- メンバー: 7名
- 山域: 西上州・碓氷川本流右俣(群馬県)
- ルート: めがね橋付近(入渓) → 碓氷川本流右俣遡行 → 旧中山道(下山) → めがね橋
- 行動時間: 6時間20分(山行6:13 / 休憩0:07)
- 距離: 21.8km
- 累積標高差: 登り982m / 下り1,087m
- 形態: 講習会参加(2日目)
- 宿泊: ひしや旅館(前泊、1日目と同宿)
- 天候: 晴れ
- 水量: 平水(水温は冷たい)
- 難易度: 遡行グレード1級 / 登攀グレードⅢ-級
- スタート地点: 福島県 → 前日移動(1日目講習後、ひしや旅館泊)
- その他特記事項:
- めがね橋(碓氷第三橋梁)が印象的
- 小滝中心、ナメあり、渓相良好
- 谷急沢より明るい開けた沢
- 詰めは藪漕ぎなし
- 下山は旧中山道(歴史街道、説明板あり)

