【山岳紀行】谷急沢右俣 ー 晩秋の裏妙義を遡る
晩秋の裏妙義、中木川水系谷急沢右俣へ。ヒルの脅威から解放された十一月の渓は、紅葉と柱状節理の岩壁が織りなす美しい世界だった。講習会の参加者として、ガイド仲間たちと共に遡行した一日の記録。
第一部:入渓まで
福島を発ったのは前日の午後であった。関越自動車道を南下し、群馬県に入る頃には日はすでに傾いていた。下仁田の町を抜け、妙義山の麓にある「ひしや旅館」に投宿する。翌朝の山行に備え、早めに床についた。
翌朝は午前六時過ぎ、まだ薄暗い中を出発した。中木川沿いの林道を車で進む。舗装が途切れ、砂利道となっても林道は続く。谷急沢との出合にかかる深沢橋に到着したのは、夜明けとほぼ同時刻であった。
今回の山行は、沢登りの講習会への参加である。講師を含め七名、全員がガイド資格を持つ者たちだ。技術の研鑽と、裏妙義という未知の渓への探求心が、我々をこの地へと導いた。
谷急沢右俣—裏妙義の中木川水系に位置するこの沢は、遡行グレード一級上、登攀グレード三級と評される。夏場はヒルの多さで知られ、晩秋から初冬にかけてのみ遡行が許される特異な渓である。

準備を整え、深沢橋から入渓する。水は思いのほか冷たくなかった。十一月とはいえ、まだ厳冬には程遠い。渓谷を覆う紅葉が朝日を浴びて輝いていた。
第二部:遡行
谷急沢右俣の第一印象は、藪のない開放的な渓相であった。多くの沢では、晩秋ともなれば枯れ草や灌木が行く手を阻むものだが、この沢は違う。岩と水、そして紅葉が織りなす景観を、遮るものなく楽しむことができた。

高度を稼ぐにつれ、渓相は次第に変化していく。ゴーロ帯を抜けると、滝が現れ始める。小滝をいくつか越え、やがて本日最初の核心部となる八メートルの滝に取り付いた。
柱状節理の岩壁が垂直に立ちはだかる。講師が先行し、ルートを見極める。我々は順に後に続いた。ホールドは豊富で、三点支持を確実にすれば問題なく登れる。岩の感触は悪くない。濡れてはいるが、ヌメりは少ない。

さらに高度を上げると、十五メートルの滝が姿を現した。本日の核心部である。柱状節理の柱が幾重にも重なり、独特の景観を作り出している。錦秋の紅葉を背景に、灰色の岩壁が屹立する様は、まさに裏妙義らしい荒々しさと美しさの調和であった。
この滝もまた、技術的には難しくない。しかし、高度感があり、慎重な登攀を要する。講師の指導のもと、各自が自分のペースで登っていく。ガイド仲間たちの確実な動きを見ながら、私も岩壁に取り付いた。

登攀の合間、ボルダリング的な岩場で遊ぶ時間もあった。講習会ではあるが、堅苦しさはない。技術を磨きながらも、沢登りの楽しさを存分に味わう。それが、この講習会の良さであった。

午後に入り、我々は遡行を続けた。渓は次第に傾斜を緩め、やがて源頭部へと近づいていく。紅葉は高度を上げるほどに色を深め、黄色から橙、そして赤へと変化していった。藪のない渓だからこそ、その美しさが際立つ。

第三部:下山
詰めは比較的容易であった。稜線に出ると、視界が一気に開ける。裏妙義の険しい山容が眼前に広がった。
下山は国民宿舎を目指す。登りで稼いだ高度を、今度は失っていく。疲労は確かにあったが、充実感がそれを上回る。疲労はあるが足取りは軽かった。
国民宿舎に到着したのは、日が傾き始めた頃であった。長い一日の山行を終え、我々は静かな達成感を噛みしめた。
谷急沢右俣は、技術的な難易度こそ高くないが、晩秋の限られた時期にしか入ることのできない特別な渓である。ヒルという自然の守護者に守られた谷は、紅葉と柱状節理の岩壁、そして藪のない開放的な渓相で、訪れる者を魅了する。
裏妙義の深い谷を、ガイド仲間たちと共に遡行した一日。技術を磨き、自然を愛でる。それが、この山行の本質であった。
記録
- 日程: 2021年11月4日(木)
- メンバー: 7名
- 山域: 裏妙義・中木川水系谷急沢右俣(群馬県)
- ルート: 深沢橋(入渓) → 谷急沢右俣遡行 → 国民宿舎(下山)
- 行動時間: 6時間44分
- 距離: 22.1km(GPSの誤作動?7km程度)
- 累積標高差: 登り1,681m / 下り1,711m(GPSの誤作動?500m程度)
- 形態: 講習会参加
- 宿泊: ひしや旅館
- 天候: 晴れ
- 水量: 適度
- 難易度: 遡行グレード1級上 / 登攀グレードⅢ級
- スタート地点: 福島県 → 前日移動 → 群馬県下仁田町
- その他特記事項:
- 夏季はヒルが多く遡行困難
- 晩秋(10月下旬〜4月)が適期
- 紅葉の見頃
- 藪が少なく渓相良好
- 柱状節理の滝が特徴的

