【山岳紀行】

【山岳紀行】滝谷クラック尾根 ー 岩の墓場に挑む

北村 智明

数年越しの夢が、ようやく現実となる。北アルプス・北穂高岳南峰西面に刻まれた滝谷クラック尾根。何度も計画しては悪天候に阻まれ続けたクラシックルートへ、八月の三日間、涸沢をベースキャンプとして挑んだ。大キレット、B沢の下降、メガネのコル、そしてじゃんけんクラックの試練。登攀者として綴る、夏の北アルプス紀行。


第一部:穂高への道

福島を発ったのは深夜だった。政局が混迷を深める八月初旬、下界の喧騒を背に、我々は穂高を目指した。数年前から幾度となく計画を立てては、天候不良や仕事の都合で中止を余儀なくされてきた滝谷クラック尾根への山行が、ついに実現する。車中、誰もが多くを語らなかった。それぞれが自分の不安と期待を胸に秘めている。

高速道路を西へ西へと走る。車窓から見える夏の星空は、街の灯りに邪魔されることなく煌めいていた。やがて松本インターを降り、沢渡へ。駐車場で仮眠を取るが、車中は暑く、寝苦しい夜だった。浅い眠りの中で、私は何度も目を覚ました。その度に、明日からの山行のことが頭をよぎる。クラック尾根の写真、ルート図、先輩から聞いた岩質の悪さ。不安は確かにあった。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。

早朝のバスで上高地へ。バスターミナルを降りると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。標高千五百メートルの高原は、まだ朝の静けさに包まれている。河童橋を渡る。眼前には穂高連峰が朝日に照らされ、黄金色に輝いていた。あの峻厳な岩稜のどこかに、我々が目指すクラック尾根がある。

梓川沿いの登山道を歩き始める。明神、徳沢と順調に高度を稼いでいく。樹林帯の中を行く道は、木漏れ日が美しい。蝉の声が降り注ぐ。まだ長い道のりが残っているというのに、徳沢では恒例のソフトクリームを食べた。これが我々の習慣である。冷たい甘さが、渇いた喉を潤す。

横尾から本谷橋へと続く道は、何度歩いても飽きることがない。谷が狭まり、両岸の岩壁が迫ってくる。水音が近くなる。やがて本谷橋を渡り、急登が始まる。汗が噴き出す。休憩を挟みながら、黙々と登っていく。Sガレの急斜面を過ぎると、視界が開けた。

涸沢カールである。標高二千三百メートル、穂高連峰に抱かれた天然の劇場が眼前に広がる。奥穂高岳、北穂高岳、前穂高岳。それらの岩峰が、圏谷を取り囲むように聳え立っている。氷河が削り取った地形は、人間の営みなど遠く及ばぬ時間の堆積を感じさせる。ここに我々十二名のベースキャンプを設営する。十二名のうち、クラック尾根に向かうのは我々四名。他のメンバーはジャンダルムや奥穂高岳を目指す。

テントを張り終える頃には、カール内は真夏の陽射しで蒸し暑かった。標高二千メートルを超えているとは思えぬ暑さである。シャツが汗で濡れている。水場で顔を洗う。冷たい雪渓の水が、火照った顔を冷やしてくれた。

涸沢での宴会

夕刻、全員で宴会となる。酒と笑い声が谷間に響く。それぞれが明日からの山行について語る。ジャンダルムへ行く者、奥穂高岳を目指す者。そして我々四名は、クラック尾根へ。私は宴の輪から少し離れ、北穂高岳の岩壁を見上げた。あの岩稜のどこかに、我々が登るルートがある。明日の今頃、我々はあそこにいる。そう思うと、期待と不安が入り混じった感情が込み上げてきた。

涸沢の夜景

夜、テントの中で装備の最終確認をする。ハーネス、ヘルメット、カラビナ、ロープ。一つ一つを手に取り、異常がないか確かめる。滝谷クラック尾根は一九三二年、若き登攀者たちによって初登された北穂高岳南峰西面を直上する3級上のクラシックルートである。滝谷とは涸沢から北穂高岳へと続く岩壁帯の総称で、「岩の墓場」という異名を持つ。脆い花崗岩と数々の遭難事故から、登攀者たちはそう呼んできた。かつて多くの登攀者の夢と挑戦を受け止めてきた聖地であり、同時に畏怖の対象でもある。その中でもクラック尾根は、脆い岩質と、核心部のじゃんけんクラックで知られる。深田久弥が『日本百名山』の穂高岳の項で、このクラック尾根にも触れていたことを思い出す。あの文豪が憧れた岩稜に、明日、我々は挑む。慎重を期して、もう一度ルート図を確認した。頭の中でルートをトレースする。涸沢から北穂高岳、大キレットを経てB沢を下降し、懸垂で尾根を回り込んでクラック尾根の取り付きへ。そして登攀。不安がないと言えば嘘になる。しかし、数年間待ち続けた機会を逃すわけにはいかない。

第二部:B沢の試練

涸沢のモルゲンロート

午前四時半、涸沢を発つ。ヘッドランプの明かりが闇に揺れる。他のテントはまだ静まり返っている。我々だけが、この早朝の闇の中を歩き出す。北穂沢を詰める。足元の岩が見えにくい。一歩一歩、慎重に。やがて東の空が白み始めた。稜線が近い。

北穂高岳の山頂に立つ。日本百名山の一座である穂高岳、その標高三千百六メートルの北穂高岳。朝日が槍ヶ岳を照らし、遠く立山連峰までが見渡せる。しかし、景色を楽しむ余裕はない。我々の目的地はその先にある。大キレットへと足を進める。眼下に広がる涸沢、対岸には奥穂高岳の岩稜。切れ落ちた稜線を慎重に進んでいく。

B沢への下降点を見落とした。地図を確認していたはずなのに、気づけば大キレットを相当進んでしまっている。「下降点を通り過ぎた」Sが声を上げる。地図を広げ、現在地を確認する。引き返すしかない。時間のロスだ。焦りが生まれる。しかし、焦りは判断を誤らせる。深呼吸をして、冷静さを取り戻す。

引き返し、ようやく下降点を見つける。ここからB沢へ下りる。数年前、この沢で岩雪崩による死亡事故があったはずだ。その記憶が脳裏をよぎる。慎重に、慎重に。下降が始まる。脆い岩と浮石に満ちた急斜面。足を置くたびに、岩が動く。一歩踏み出すごとに、小石が転がり落ちる。やがてそれは大きな岩を巻き込み、轟音を立てて沢を駆け下りた。

背筋に冷たいものが走る。もし今、上部で岩雪崩が起きたら、我々に逃げ場はない。ヘルメットをしていても、大きな落石には無力だ。できるだけ素早く、しかし慎重に下降を続ける。足元の岩が崩れた。とっさにバランスを取る。足首に鈍い痛みが走る。見れば、転がり落ちてきた拳大の石が足に当たっていた。

「大丈夫か」Sが声をかける。「問題ない」そう答えたものの、痛みは消えない。下降を続けるうち、何度も落石が足を直撃した。膝、脛、足首。あちこちに鈍い衝撃が走る。この沢は生きている。そう感じざるを得ない暴力性があった。岩が、重力が、我々を拒絶しているかのようだ。

懸垂下降の支点が見えた。ここまで来れば、最悪の区間は抜けたことになる。ロープをセットし、一人ずつ降りていく。ロープが岩に擦れる音が響く。下を見れば、まだ高度がある。集中を切らすな、と自分に言い聞かせる。無事に全員が降りる。そこから尾根を斜め懸垂で回り込む。複雑な地形だ。ルートファインディングを誤れば、行き詰まる。

ようやくクラック尾根の取り付きに到着する。見上げれば、垂直に近い岩壁が立ちはだかる。花崗岩の壁面に、ピラミダルな自然の彫刻が刻まれている。これが我々の登攀ルートだ。ここまで来るのに、どれだけの時間がかかっただろうか。しかし、ここからが本当の勝負だ。

ロープを結ぶ。Tが先行する。私はビレイの態勢に入った。ロープを手に取り、Tの動きに集中する。「登ります」Tの声が響く。岩壁に取り付く姿が、小さく見える。高度感がある。

岩は予想以上に脆かった。Tの動きが慎重だ。ホールドに手をかけると、表面が剥がれ落ちる。足を置いたスタンスが崩れる。「ボロい」Tの声が聞こえる。私も同じ感想を抱いていた。この岩質では、一手一手を見極めながら登らねばならない。落ちれば、数年間の夢が終わる。それ以上に、命が危ない。

私の番が来る。岩に取り付く。ホールドを探す。手をかけると、やはり脆い。力を込めれば崩れそうだ。しかし、力を抜けば墜落する。微妙なバランスだ。汗が目に入る。拭う余裕もない。ただ黙々と、岩と対峙する。高度が上がるにつれ、風が強くなる。身体が揺れる。

第三部:垂直の世界

ピッチを重ねるごとに、我々は高度を稼いでいく。岩質の悪さが、ペースを落としている。Sはスタンスが崩れフォールしかけた。それでも、進む。四ピッチ目、メガネのコルに差し掛かる。両側が切れ落ちた狭い稜線。幅は一メートルもない。左を見ればB沢の急斜面、右を見れば滝谷1尾根への絶壁。風が吹き抜け、バランスを崩しそうになる。

恐怖が全身を包んだ。足が震える。左右どちらに落ちても、助からない。ここで立ち止まるわけにはいかない。しかし、足が前に出ない。深呼吸をする。一歩、また一歩。足元を確かめながら進む。風が吹くたびに、身体が揺れる。必死にバランスを保つ。ようやくコルを越える。背中が汗で濡れている。冷や汗だ。

五ピッチ目がじゃんけんクラックだ。核心部である。見上げれば、岩の裂け目が垂直に走っている。狭い。身体を捻じ込むようにして登らねばならない。Tが先行する。ジャミングの技術が試される。拳を差し込み、開いて固定する。足も同様に。しかし、岩質の悪さがここでも我々を苦しめた。

Tの動きが止まる。「難しい」その一言が、すべてを物語っている。力を込めれば岩が崩れる。かといって、力を抜けば墜落する。微妙なバランスだ。Tが少しずつ高度を上げていく。時間がかかる。しかし、焦ってはならない。

私の番が来る。クラックに取り付く。拳を差し込む。開く。固定される感覚がない。岩が脆い。別の場所を試す。何度も試行錯誤を繰り返す。体力よりも、神経を削られる登攀だ。一歩進むごとに、慎重さと大胆さの狭間で判断を迫られる。時間が経つのを忘れていた。ただ目の前の岩だけが存在する。汗が目に入る。拭う余裕もない。

皆も苦戦していた。我々全員が、このクラックに苦しめられている。しかし、一人ずつ、確実に登っていく。もう一人のSも無事に登り切る。そして、最後の私。あと少しだ。力を振り絞る。最後のジャミングを決める。

やがて傾斜が緩んだ。空が近い。あと少しだ。最後の一手を決め、稜線に這い上がる。北穂高岳南峰。我々は成し遂げた。数年越しの夢が、今、現実となった。四人で顔を見合わせる。言葉はない。しかし、その表情がすべてを物語っている。充実感、安堵感、そしてまだ残る疲労感。

しかし、喜びを爆発させる余裕はない。疲労が全身を包んでいる。北穂高小屋まで、もう少し歩かねばならない。よろめくような足取りで、小屋へ向かう。到着すると、我々は小屋のベンチに倒れ込んだ。

しばらく休憩を取る。水を飲む。冷たい水が、渇いた喉を潤す。生き返る心地だ。記念に茶色いタオルを購入した。登攀の証として、これは大切にしよう。足を見れば、青黒い痣が無数にできている。B沢の落石の跡だ。痛みはあるが、それもまた勲章のようなものだ。

涸沢への下山路は長かった。疲労困憊という言葉が、これほど実感を伴ったことはない。足が棒のようだ。それでも足は動く。一歩一歩、確実に。やがて涸沢のテントが見えてきた。あの色とりどりのテント群が、まるで桃源郷のように見える。

他のメンバーも無事に帰還していた。それぞれの山行を終え、疲れた表情で我々を迎える。その夜、我々は再び酒を酌み交わした。ジャンダルムへ行った者の話、奥穂高岳を往復した者の話、そして我々のクラック尾根の話。それぞれの山行を語り合う。充実した時間だった。

 

翌朝、涸沢を発つ。名残惜しさを感じながら、テントを撤収する。来た道を戻る。Sガレを下り、本谷橋を渡る。徳沢に着く頃には、昨日の登攀が遠い昔のことのように感じられた。ここでまたソフトクリームを食べる。疲れた身体に、冷たい甘さが染み渡る。何よりの御馳走だ。

上高地のバスターミナルに着く頃には、すべてが遠い夢のようだった。しかし、足の痣と、手に残るロープの感触が、あれが現実だったことを物語っている。

滝谷クラック尾根。数年間、待ち続けた山行。脆弱な岩質、B沢の恐怖、メガネのコルの緊張、じゃんけんクラックの試練。しかし、それらすべてを含めて、この山行は忘れ難いものとなった。穂高の岩稜は、いつの日もまた、我々を呼び続けるだろう。


記録

  • 日程: 2024年8月10日(土)〜12日(月)
  • メンバー: 12名(うちクラック尾根登攀4名)
  • 山域: 北アルプス・北穂高岳(長野県・岐阜県)
  • ルート:
    • 1日目:上高地 → 涸沢(BC設営)
    • 2日目:涸沢 → 北穂高岳 → 大キレット → B沢下降 → 滝谷クラック尾根登攀 → 北穂高岳 → 涸沢
    • 3日目:涸沢 → 上高地
  • 行動時間:
    • 1日目:六時間五十四分(休憩含む)
    • 2日目:十三時間十分(休憩含む)
    • 3日目:七時間十二分(休憩含む)
  • 宿泊形態: テント泊(涸沢)
  • 天候:
    • 1日目:晴れ
    • 2日目:晴れ
    • 3日目:晴れ
  • 難易度: 登攀グレード3上級(ピッチグレードV級)
    • アプローチ:キレットからB沢を懸垂を交えて下降、支点から斜め懸垂で取り付き下部へ
    • 1P:階段状フェースから凹角へ Ⅲ級 40m
    • 2P:フェースからリッジ Ⅴ級 40m
    • 3P:フェースからピナクル Ⅲ級 40m
    • 4P:めがねのコルからフェース Ⅲ級 40m
    • 5P:じゃんけんクラック(3ルートあり) Ⅴ級 20m
    • 6P:凹角~フェース~リッジ Ⅳ級 30m
    • 7-8P:ガラガラのルンゼ Ⅲ級 80m
    • 9P:凹角 Ⅳ級 40m
    • 10P:バンド沿いに稜線へ 3級 30m
  • その他特記事項:
    • 涸沢ベースキャンプから日帰り登攀
    • 大キレットからB沢へ下降、懸垂下降一箇所
    • 尾根を斜め懸垂で回り込んで取り付きへ
    • 五ピッチ目じゃんけんクラック(核心部)はジャミング技術必須
    • B沢下降での落石多数、足の痣多数
    • 岩質が脆く、ホールド・スタンスの崩壊に注意を要する
Download file: takitani-crack-ridge-kitahotaka.gpx

GPSの軌跡一部紛失

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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