【山岳紀行】赤見堂岳・石見堂岳 ― ヤドリギの森を越えて
三月上旬、朝日連峰の北端、月山と対峙するように位置する赤見堂岳へ。当初の計画が叶わず、月山第一トンネル北側から入山した十二時間の山スキー行は、朝の青空から薄闇のヘッデン滑降まで、緩やかな峰々を越える長い一日となった。ブッシュに絡むヤドリギ、午後のガス、そして暗闇に沈む雪原。山スキーの名ルートを辿る、早春の記録。
第一部:月山第一トンネルから
宮城を発ったのは夜明け前であった。国道112号を西へ進み、月山の山懐へと車を走らせる。車内では仲間たちとの会話が弾んだ。今回の山行は五人。それぞれが仕事を調整し、この週末を山に捧げる。私たちの関心は雪と天候にあった。
赤見堂岳――標高一,四二〇メートル、朝日連峰の北端に位置するこの山は、山スキーの名ルートとして知られている。その名の由来は定かではないが、かつて山中に赤い御堂があったという言い伝えが残る。月山信仰の名残を感じさせる山名である。緩やかな稜線と豊富な積雪、そして山頂から続く開放的な滑降が魅力だ。

当初予定していたコースは入山が難しい状況だった。五人のメンバーで協議し、月山第一トンネルからのアプローチに変更した。トンネルには南北二つの入口があり、距離にして三キロもの違いがある。何故か私たちは長い方、北側の入口を選んだ。
合理的な判断とは言い難い。三キロの差は、行動時間にして一時間近い。しかし、山行とはそういうものだ。時に理屈を超えた選択が、その日の物語を作る。不合理の中にこそ、山の真髄があるのかもしれない。そんなことを考えながら、私は車を降りた。

七時二十一分、スキーを履いて歩き出した。三月上旬の積雪は多い。今冬は関東でも記録的な降雪があったと聞く。三月に入ってからも雪が降り続き、二十年ぶりの多雪だという。月山の雪量も往年と変わらぬ威厳を保っているようだ。豊富な雪が谷を埋め、斜面を覆っている。

しかし、この時期特有の湿った雪質が、早くも行く手を阻んだ。シールに雪が団子状に付着し、歩を進めるたびに重くなる。一歩、また一歩と進むたびに、シールの重さが確実に体力を奪っていく。額に汗が滲む。三月とはいえ、まだ冬の名残が色濃い。

午前中は天候に恵まれた。青空が広がり、雪面が白く輝いている。樹林帯を抜け、緩やかな斜面を登っていく。遠くに月山の山容が見える。霧氷を纏った木々が朝日を浴びて、銀色に煌めいていた。凍てついた時間がそのまま形を成したかのような、凛とした佇まいがそこにはあった。
ふと、暖冬傾向や雪不足を嘆くニュースの声を思い出す。気候変動が叫ばれて久しいが、目の前の月山は、そんな人間の憂慮を嘲笑うかのような圧倒的な雪量を誇っていた。データや予測がどれほど精緻になろうとも、自然は時として想定の枠を軽々と超えてくる。この白銀の世界を前にしては、人間社会の物差しなどあまりに頼りない。
正午過ぎ、鍋森を通過した。標高一,三〇一メートルの穏やかな丘である。ここから赤見堂岳へ向かう稜線は、いくつもの緩やかなピークを越えていく。地形図に記されたコンターが穏やかな曲線を描いているように、実際の地形もまた起伏に富みながら優しい。一つの丘を越えれば、また次の丘が現れる。そうして私たちは雪の波を渡り歩いた。
仲間たちとの会話は少ない。それぞれが自分のペースで、黙々と登っていく。
第二部:ヤドリギの森
北沢山を過ぎた頃から、ブッシュが目立ち始めた。といっても、通過を阻むほどの密度ではない。疎らに生えた灌木の間を縫うように進む。スキーのエッジが枝に触れる音が、静寂の中に響く。
そこで気づいたのは、枝に絡みつくヤドリギの多さであった。
ヤドリギ――他の樹木に寄生して生きる常緑の植物は、冬枯れの森にあって独特の存在感を放つ。黄緑色の葉を茂らせ、球状の塊となって枝に張り付いている。一本、また一本と、見上げるたびに視界に入ってくる。まるで森全体が、この半寄生植物に支配されているかのようだ。

これほど多くのヤドリギを見たのは初めてだった。生命の力強さと、同時に異様さを感じる。ヤドリギは他者に依存しながらも、自ら光合成を行い生きる。自立と依存の境界にある存在。その在り方が、何か哲学的なものを想起させた。
午後に入ると天候が変わった。青空は次第にガスに覆われ、視界が白く霞んでいく。山頂からの展望は期待できそうにない。それでも足を止めるわけにはいかなかった。

ガスに煙るブナの原生林は、まるで水墨画の世界に迷い込んだかのような幽玄さを湛えていた。木々の輪郭が滲み、遠近感が失われる。前方を行く仲間の姿を頼りに、私は黙々とシールで登り続けた。

私たちは、この巨大な雪の波を一つひとつ乗り越え、渡り歩いていく。稜線は緩やかな弧を描き、遠くから見れば穏やかな海原に見えるが、実際に足を踏み入れれば、そこには自然が作り出した微細な起伏という名の「波」が無数に存在していた。その波の背を辿り、時に谷という波間に沈みながら、私たちは一際高い波頭を目指した。
十四時三十分、ようやく赤見堂岳の頂に立つ。しかし、喜びも束の間、西から流れてきたガスが辺りを包み始めた。ここから石見堂岳への登り返しが、この日最大の核心となった。
石見堂岳へはさらに一時間近くを要した。疲労が蓄積し、足取りが重くなる。シールに付着した雪を何度も払い落とす。

十六時二十二分、石見堂岳に到着。予定より大幅に遅れている。日没は近い。それでも目的地に到達した安堵は確かにあった。五人で山頂を踏む。長い登りが、ようやく終わった。
第三部:暗闇の滑降
下山を開始した時には、既に日が傾いていた。三月とはいえ、日没は早い。時計を見ると、十七時半を過ぎている。ヤドリギの丘――赤見堂岳と石見堂岳の間に位置する、ヤドリギの密生する一帯――に着いた頃には薄暗くなっていた。
焦りが心をよぎる。しかし、焦りは禁物だ。慎重を期して、ルートを見極める。仲間たちと声を掛け合いながら、斜面を滑り降りる。スキーのエッジが雪を捉える感触。まだ視界はある。しかし、刻一刻と暗さが増していく。
しかし、その焦りの裏には罠が潜んでいた。「ヤドリギの丘」付近を通過していた時のことだ。平坦に見えた雪面が、突如として私の足元で崩れ去った。
「っ!」
声にならない叫びと共に、視界が一段低くなる。深さ一メートルほどのヒドゥンクレバス。雪の下に隠れていた空洞に、片脚を飲み込まれたのだ。落ちた際の体勢が悪く、スキー板が不自然な角度で雪に突き刺さり、自力では身動きが取れない。冷たい汗が背中を伝う。
すぐさま仲間たちが駆け寄ってくれた。的確な指示と力強い引き上げにより、事なきを得たが、もし一人だったら……。そう思うと、改めてこの山の、そして冬山の恐ろしさが身に沁みた。山は常に、一瞬の隙も許してはくれない。
山は完全に闇に沈んだ。ヘッドランプを点けて滑る。光の届く範囲は限られ、その先の斜面がどうなっているのか分からない。凹凸が見えない雪面を、慎重にスキーで探っていく。
暗闇の中での滑降は、昼間とは全く異なる感覚である。視覚が奪われた分、聴覚と触覚が研ぎ澄まされる。スキーのエッジが雪を削る音、風が頬を撫でる感触、足裏から伝わる雪面の微細な凹凸。それらを頼りに、私は斜面を下った。
一歩ずつ、確実に。転倒すれば、捜索は困難になる。五人が互いの灯りを確認しながら、慎重に距離を保つ。暗闇の中で、仲間のヘッドランプの光が心強い。
ようやく樹林帯に入り、やがて林道が見えてきた。ヘッドランプの明かりが道路標識を照らし出す。夕闇に沈む雪原は、青白いサファイアのような冷たい輝きを放ち始めていた。
十九時二十七分、国道112号の大越川橋駐車スペースに無事到着した。十二時間を超える長い一日であった。全員の無事を確認し、深い安堵が体を包む。疲労が一気に押し寄せてくるが、それは心地よい疲労だった。
車に戻り、スキーを片付ける。仲間たちと今日の山行を振り返る。反省と笑い声が闇の中に響く。こうした時間が、山の醍醐味だ。
月山山域らしい圧倒的な雪の量と、大海原のようにうねる緩やかな稜線。そして、あの異形ながらも逞しいヤドリギの群生。青空に始まった一日は、いつしか薄闇に溶け、最後は星とヘッドランプの光だけが世界を照らしていた。
朝の光と夜の闇。その両極を全身で受け止めた十二時間は、単なる記録を超え、私の魂の深い場所に鋭く、そして温かく刻み込まれた。
思い通りにいかないルート変更、不意に訪れるガス、そして逃れられない暗闇。それらすべてを受け入れ、一歩ずつ雪を刻んだ者だけが、下山後の冷えた空気の中に、言葉にならないほどの深い充足感を見出すことができる。
遠ざかる稜線を振り返れば、そこにはもう、私たちのシュプールさえ闇に消えているだろう。けれど、私の内側には、確かにあの白銀の波濤が今も静かに寄せ返している。
記録
- 日程 2025年3月9日(日)
- 形態 日帰り山スキー
- メンバー 5名
- 山域 朝日連峰(山形県)
- ルート 月山第一トンネル(北側) → 鍋森 → 北沢山 → 赤見堂岳 → 石見堂岳 → ヤドリギの丘 → 国道112号線(大越川橋駐車スペース)
- 行動時間 12時間6分(休憩11分含む)
- 距離・標高差 21.9km / 登り1,268m / 下り1,412m
- 天候 午前:晴れ / 午後:ガス
- 積雪状態 豊富(3月上旬としては多い) / シールに団子状の付着あり(湿雪)
- 特記事項 ヤドリギの密生地帯通過 / 下山時ヘッデン使用 / ブッシュは疎らで通過容易 / 2025年は3月も降雪が多く積雪豊富
【GPSデータ利用上の注意】
本記事で公開しているGPSデータは、あくまで当日の記録です。以下の点にご注意ください。
- 積雪量、雪質、天候は日々変化します。当日と同じ条件とは限りません
- ルートの危険箇所や通過可否は、その時の状況により大きく異なります
- GPSデータはあくまで参考情報です。ご自身の技術・経験・体力を考慮し、慎重に計画を立ててください
- 不安がある場合は、経験者と同行することを強くお勧めします
山スキーは自己責任の世界です。安全第一で楽しんでください

