【深層考察】山でのファーストエイドと心肺蘇生 ー 救助を待つあいだに何ができるか
記事情報
- 難易度: 中級(実践編)
- 対象: 登山歴1〜3年、基本的な安全管理を学びたい層
- 記事タイプ: 技術解説
- キーワード: 山岳ファーストエイド、心肺蘇生、CPR、登山 救急処置、山岳救助
1. 山での医療対応が「街と違う」理由
登山中に仲間が倒れた、あるいは見知らぬ登山者が動けなくなっている——そのとき、救急車が10分以内に来ることを期待できない。山岳地帯における救助要請から救助隊到着までの時間は、条件によって数十分から数時間に及ぶことがある。その時間を何もせずに過ごすか、適切な処置を施すかで、傷病者の予後は大きく変わることがある。
都市部における救急対応との最大の違いは、「資源の制約」だ。高度な医療機器はなく、薬剤も限られ、搬送手段もない。あるのは自分の手と、ザックの中の道具だけだ。だからこそ、現場でできることの範囲を正確に把握し、優先順位をつけて行動する力が求められる。
また、山岳環境特有のリスクも考慮しなければならない。低体温症、高山病、落石による外傷——これらは市街地ではまずお目にかからない傷病だ。さらに、傷病者の状態が急変しやすい高所や寒冷環境では、処置のタイミングが生死を分けることもある。
この記事では、登山経験1〜3年の中級者を対象に、救助到着までのあいだに「自分たちにできること」を体系的に解説する。医療従事者向けの専門的な内容ではなく、一般登山者として身につけておくべき実践的な知識と技術に絞って扱う。
2. ファーストエイドの基礎:観察と優先順位
現場の安全確認

傷病者に駆け寄る前に、まず現場が安全かどうかを確認する。この手順は、救助者自身が二次被害を受けないための絶対条件だ。落石の危険はないか、滑落リスクはないか、雪崩の可能性はないか——数秒でよい、状況を観察してから行動する。
救助者が倒れれば、傷病者は増える一方だ。自分の安全を確保することは、利己的な行動ではなく、救助全体の成否を左右する判断だ。
意識・呼吸の確認(一次評価)
現場が安全であれば、次に傷病者の状態を評価する。以下の順序で確認する。
- 出血の確認 — 大量出血があれば、意識呼吸確認と並行して止血を優先する
- 意識の確認 — 肩を軽く叩きながら「大丈夫ですか」と3回声をかける。反応があるかどうかを見る
- 呼吸の確認 — 胸の動きを目で見て、10秒以内に判断する。「普段通りの呼吸」があるかどうかが基準だ。ただし、死戦期呼吸という通常とは違う呼吸もあるので注意
意識がなく、普段通りの呼吸が認められない場合は、心停止と判断し、直ちに心肺蘇生(CPR)を開始する。

全部声に出してね。
救助要請のタイミング

一次評価と並行して、あるいはその直後に救助要請を行う。山岳での緊急連絡先は、110番(警察)または119番(消防)だ。携帯電話の電波が届かない場合は、他のパーティに山小屋もしくは下山して通報を依頼するか、衛星通信機器(スターリンク、InReach等)を活用する。

通報時に伝えるべき情報は、場所(山名・登山道名・コースタイムの目安)、傷病者の状態、人数、天候、自分たちの連絡先だ。場所の特定が最も重要であり、地図アプリのGPS座標を読み上げられると救助隊との連携がスムーズになる。

誰かという言葉は禁止。必ず指名すること。
全身観察と搬送判断
一次評価で生命に直結する問題がなければ、次に全身を見渡して、重症度と緊急度を判断する。ここで重要なのは、目の前の症状だけでなく、「このまま行動を続けられるか」「下山すべきか」「救助を待つべきか」を考えることだ。応急処置はゴールではなく、その後の方針を決めるための判断材料でもある。
骨折や強い捻挫、軽度の低体温症であっても、行動を継続すると悪化することがある。一方で、無理な搬送が危険を高める場合もあるため、地形、天候、人数、装備を踏まえて、移動の可否を慎重に決める必要がある。救助要請をしたあとは、現場で可能な範囲の処置を行いながら、搬送に備えて傷病者の状態変化を見守る。

この時点でツエルトを持ってないと梱包もビバークも出来ず詰む
3. 心肺蘇生(CPR)の実践
心停止における時間の意味
心停止から3〜5分が経過すると、脳への不可逆的なダメージが始まると言われている。救助隊の到着を待つだけでは、その時間内に処置が間に合わない可能性が高い。CPRは、傍らにいる人間が行うことで初めて意味を持つ。
なぜ「不可逆的」なのか
皮膚や筋肉などの細胞はある程度再生しますが、脳の神経細胞(ニューロン)は、一度死滅すると基本的に分裂して増えることがありません。
ただし、山岳環境でのCPRは体力的に過酷だ。一人で続けると2〜3分で疲弊することがある。複数人いる場合は、1〜2分ごとに交代しながら継続することが現実的だと考えられる。
実例:安達太良山での心肺停止(2024年)
この技術が実際に問われた場面を、知人の看護師Fさんから聞いた話として紹介する。
2024年、福島県の安達太良山の登山道で、Fさんは登山中に心肺停止状態の登山者に遭遇した。現場ではすでに別の登山者がCPRを試みていた。しかし、Fさんの目には、その手技が正確ではないことが明らかだった。胸骨圧迫の位置、深さ、リズム——どれも本来の手順からずれていた。
Fさんは看護師としての判断で介入し、正確な手技でCPRを引き継いだ。その後、傷病者は救助隊に引き継がれたが、搬送先の医療機関から蘇生不可能との連絡が入った。
Fさんはこう振り返る。「最初から正確な技術で圧迫されていたら、結果は違ったかもしれない」。
この事例が突きつけるのは、「やっている」と「正確にやっている」のあいだには、埋めがたい差があるという現実だ。善意と勇気だけでは、命を救えない局面がある。正確な手技を身につけていることが、山では決定的な意味を持つことがある。
胸骨圧迫の手順
- 傷病者を硬い平らな地面に仰向けに寝かせる(雪面や柔らかい地面では効果が落ちる。ザックや板状の物で地面を固めるとよい)
- 胸の中央(胸骨の下半分)に手根部を当て、両手を重ねる
- 腕を伸ばし、体重をかけて少なくとも5cm沈み込むように押す
- 1分間に100〜120回のペースで、リズムよく圧迫を繰り返す
- 圧迫と圧迫のあいだは、胸が完全に戻るのを待つ
ℹ️ ペースの目安: 「アンパンマンのマーチ」や「Stayin’ Alive(ビージーズ)」のテンポが、100〜120回/分に近い。曲を頭の中で流しながら圧迫するのも一つの方法だ。
人工呼吸について

日本蘇生協議会のガイドラインでは、訓練を受けていない一般市民は胸骨圧迫のみのCPRを行うことが推奨されている。人工呼吸の手技に慣れていない場合、中断時間が長くなり、かえって蘇生率が下がる可能性があるためだ。

人工呼吸は気道確保して約500mlの息をを2回吹き込む。肺に酸素を送るより、胸骨圧迫で脳に酸素が送る方が優先。
訓練を受けており、感染防護具(フェイスシールド等)があれば、30回の胸骨圧迫:2回の人工呼吸の比率で組み合わせることができる。
AEDについて
登山口の施設や山小屋にAEDが設置されている場所もある。事前に山行ルート上のAED設置場所を確認しておくことは、準備の一環として価値がある。AEDが手元にある場合は電源を入れ、音声ガイドに従って操作する。AEDの使用はCPRと並行して行い、装着後は機器の指示に従う。
4. 主要な傷病への対応
低体温症
低体温症は、山岳事故死の主要原因の一つだ。体の中心温度が35度を下回ると低体温症と定義され、32度以下では意識障害が生じ始める。
症状の進行: シバリング(shivering:寒さによる震え)→シバリングの停止(重症化のサイン)→意識混濁→心停止
低体温症が疑われる場合の対応は以下の通りだ。
- 風雨を避けられる場所に移動させる(ただし、重症者の移動は慎重に)
- 濡れた衣類を乾いたものに交換する
- ツェルトや保温シートで全身を包む。頭部からの熱損失を防ぐためにニット帽を被せる
- 意識があれば、温かい飲み物(アルコールを除く)を少量ずつ飲ませる
- 積極的な加温(直接的な熱源を体幹部に当てる)は、専門的な処置が必要なため、一般登山者には難しい場面が多い
重要なのは、「震えが止まった」状態を改善と誤解しないことだ。震えの停止は体温調節機能の破綻を意味し、重症化のサインと考えられる。

ツエルトを張って、ガスに火を点けて室内の気温を上げてエマージェンシーシートで包む。
低体温症の初期対応
低体温症が疑われる場合は、まず濡れた衣類を脱がせ、乾いた服に替えて、風を避けられる場所へ移すことが基本だ。体温は頭部、首、体幹から失われやすいため、保温シートや防寒具で全身を包み、できるだけ熱を逃がさないようにする。意識があり、むせない状態であれば、温かい飲み物や糖分を少量ずつ補給させるとよい。
震えがある段階は、まだ体が熱を作ろうとしている状態だが、震えが止まった場合は重症化のサインとして扱うべきだ。衣類が濡れたまま冷たい風にさらされるだけでも状態は悪化するため、低体温症では「温める前にまず濡れを断つ」という意識が重要になる。無理に歩かせるより、保温と風雨の遮断を優先したほうが安全な場合も多い。
骨折・捻挫
骨折が疑われる場合、無理に動かさないことが基本だ。脊椎損傷の可能性がある場合(高所からの落下、頭部・頸部への強い衝撃)は、特に頸部を固定したまま動かさないよう努める。救急の指示に従う。
四肢の骨折では、登山ストックや木の枝をスプリント(副木)として添え、包帯やバンダナで固定することができる。固定の目的は患部の安定と痛みの軽減であり、骨を正しい位置に戻そうとする必要はない。
捻挫はRICE処置(安静・冷却・圧迫・挙上)が基本だ。ただし山岳では冷却材がない場合も多く、雪や冷水で代用することができる。

ここで三角巾の出番です。
高山病
標高2,500m以上で頭痛、吐き気、倦怠感が現れた場合、高山病を疑う。軽症であれば休息と水分補給で改善することが多いが、症状が悪化する場合や、肺水腫・脳浮腫の兆候(咳、呼吸困難、歩行困難、意識混濁)が見られる場合は、即座に下山することが最も有効な治療だ。
高山病の処置において、「様子を見る」という判断は慎重に行うべきだ。症状が出た高度に留まり続けることは、悪化のリスクを高める。
出血・創傷
大量出血に対しては、直接圧迫止血が基本だ。清潔なガーゼや布を傷口に当て、強く押さえ続ける。「血が染み出てきた」からといって当て布を取り替えると、形成されかけた血栓が剥がれる。染み出た場合は上から重ねて押さえ続けることが推奨されている。
四肢からの激しい出血で直接圧迫が追いつかない場合、止血帯(ターニケット)の使用を検討する。ただし、使用開始時刻の記録と、30分以内に医療機関へ搬送できる見通しが必要だ。

感染予防の為に手袋をして、ガーゼを当てて上から三角巾で圧迫する。
5. まとめと練習法
身につけておくべき優先順位
山でのファーストエイドは、「できる範囲で最善を尽くす」という姿勢が基本だ。完璧な処置を目指すより、優先順位を正しく把握して行動することが求められる。
✅ 行動の優先順位
- 現場の安全確認(救助者自身の安全)
- 意識・呼吸の確認(一次評価)
- 救助要請
- CPR(心停止の場合)
- 出血・骨折・低体温など傷病別の処置
講習会への参加を強く勧める
この記事で扱った内容は、あくまで知識として読んだ段階に過ぎない。胸骨圧迫の力加減、実際の観察手順、心理的な動揺のなかでの判断——これらは、実技訓練なしに本番で発揮することは難しい。
日本赤十字社、各ガイド協会、WEMT(Wilderness Emergency Medical Technician)などが提供するファーストエイド講習への参加を一つの方法として勧める。年に1度の更新受講で、技術の定着度を保つことができると考えられる。

オススメは日赤の救急法救急員養成講習。2100円程度で登山のファーストエイドの一部を学べる良い自己投資だ。
ファーストエイドキットの携行
山行の規模に応じたファーストエイドキットを携行することも重要だ。最低限の内容として、以下が挙げられる。
- 滅菌ガーゼ・包帯
- 医療用テープ
- 三角巾
- 使い捨て手袋
- フェイスシールド(CPR用)
- 保温シート(エマージェンシーブランケット)
- 常備薬(消毒液、脚攣りの薬、鎮痛剤・抗ヒスタミン薬等の市販薬)
ファーストエイドキットの優先順位
ファーストエイドキットは、あれこれ詰め込むより、山で実際に使う頻度の高いものを優先して整えるほうが実用的だ。最低限としては、滅菌ガーゼ、包帯、医療用テープ、使い捨て手袋、三角巾、フェイスシールド、保温シートを入れておきたい。これに加えて、必要に応じて常備薬、経口補水パウダー、ハサミ、安全ピン、洗浄用の水を加えると応用しやすい。
特に大事なのは、持っているだけでなく、いざという場面ですぐ取り出せるようにしておくことだ。キットはザックの奥ではなく、取り出しやすい場所にまとめておき、同行者にも中身を共有しておくと、処置の立ち上がりが早くなる。日帰りでも泊まりでも、行動時間が長いほど、最低限の備えが効いてくる。
判断と準備を習慣にする
山でのファーストエイドは、知識を知っているだけでは足りない。現場では、症状の見極め、搬送判断、装備の使い方を短時間で組み合わせる必要がある。だからこそ、日常の山行の中で「現場の安全確認」「全身観察」「保温と搬送判断」を意識しておくことが、実践力につながる。
講習会で学んだ内容を一度で終わらせず、山行ごとに装備と手順を見直していくことが大切だ。ファーストエイドは特別な場面だけの技術ではなく、日々の登山計画の延長線上にある備えだと考えたい。
まとめ
山岳ファーストエイドの重要ポイント
- 現場の安全確認を最優先に: 救助者が倒れれば傷病者は増える
- 一次評価は10秒以内に: 意識・呼吸の確認から優先順位を決める
- CPRは胸骨圧迫のみでよい: 訓練なしなら人工呼吸は不要
- 低体温症の「震えの停止」に注意: 改善ではなく悪化のサイン
- 高山病は下山が最大の治療: 様子見で高度に留まることのリスクを知る
状況別の判断基準
- 心停止: 即座にCPR開始、AEDがあれば並行して使用
- 低体温症: 保温・風雨からの遮断、重症者の無理な移動は避ける
- 骨折: 固定して動かさない、脊椎損傷の可能性は特に慎重に
- 高山病: 症状悪化・肺水腫・脳浮腫の兆候があれば即下山
- 大量出血: 直接圧迫止血、当て布は重ねる
ファーストエイドの技術は、使わずに済むに越したことはない。しかし、山に入る以上、その場に居合わせる可能性はゼロではない。知識と技術を持っているかどうかが、目の前の人を助けられるかを左右する。この記事が、講習会参加や装備の見直しへの一歩となれば幸いだ。

