【山岳紀行】田代山 ー ワタスゲ揺れる天上の楽園
六月末、南会津の田代山へ。ガイドとして十四名のクライアントを率いた日帰り登山は、山頂湿原のワタスゲが最盛期を迎える季節であった。木道を辿り、花々に彩られた天上の庭園を行く、初夏の山旅。
第1部:南会津の朝
福島を午前五時に発った。車窓から見える山々は、まだ朝靄に包まれている。二日前、西日本では早くも梅雨明けが発表されたという。東北もまた、夏の訪れを感じさせる陽気が続いていた。南会津へと南下する道のりは長い。しかし、今日の目的地である田代山の湿原を思えば、その距離も苦にならない。
田代山。標高千九百二十六メートル、福島県と栃木県の県境に位置するこの山は、山頂部に広大な高層湿原を擁することで知られている。田中澄江の「花の百名山」にも選ばれた山で、その湿原には六月下旬から七月にかけて、ワタスゲやイワカガミ、チングルマといった高山植物が咲き誇る。尾瀬を思わせる景観から「天上の楽園」とも称される山である。
今日はガイドとしての仕事だ。クライアント十四名と添乗員一名を率いての登山である。猿倉登山口に到着したのは午前九時半頃であった。
青空が広がっている。湿原日和だ。装備を整え、午前九時三十六分、猿倉登山口から歩き始めた。
樹林帯の登りは、やや急である。十四名の足並みを確認しながら、ゆっくりとペースを作っていく。新緑のブナ林が心地よい。しかし六月末の陽射しは強く、汗が額を伝う。標高を上げるにつれ、疲労を訴える声が聞こえてきた。
水場を過ぎた辺りで、一名のクライアントが限界を示した。表情を確認し、状況を確認する。無理をさせるわけにはいかない。ここで引き返すことを勧めると、本人も頷いた。正しい判断である。山は逃げない。
第2部:湿原への道
残る十三名で登高を続けた。「山頂まで1km」の標識を過ぎると、樹林が次第に疎らになってくる。期待が高まる。この先に、あの湿原が待っているのだ。
小田代に到着したのは午前十一時三十二分であった。そこから木道が始まる。目の前に広がったのは、想像を超える光景だった。

ワタスゲである。見渡す限り、白い綿毛が風に揺れていた。まるで雪原のように、湿原全体が白く染まっている。木道は、その白い海の中を一筋の線となって延びていた。
足を進めるたびに、新たな花が目に入る。ピンク色のイワカガミが可憐に咲き、チングルマの白い花が黄色い雄しべを広げている。足元には、タテヤマリンドウの青い花が顔を覗かせていた。

「天上の楽園」。その言葉が決して誇張ではないことを、今、実感していた。クライアントたちの表情も明るい。疲労は消え、皆が湿原の美しさに見入っている。

木道を辿り、田代山避難小屋へと向かった。樹林を抜けた湿原は、風が吹き抜けて肌寒い。一枚羽織り、小屋の周辺で昼食を取る。
この避難小屋は、弘法大師堂とも呼ばれている。かつて明治時代まで、田代山は「魔物の棲む山」として入山が禁じられていたという。しかしその後、信仰の山として弘法大師が祀られ、今では多くの登山者が訪れる花の名山となった。時代は移り変わるものだ。
前日、長嶋茂雄さんの訃報を耳にしたばかりだった。ミスタープロ野球と称された巨人の象徴が、八十九歳で世を去った。一つの時代が終わったのだと、ふと思う。しかし目の前には、変わらぬ自然の営みがある。ワタスゲの海を眺めながら食べる食事は、格別であった。遠く、残雪を抱いた山々が空の青に映えている。登りの暑さが嘘のような、爽やかな冷気が心地よかった。
第3部:山頂、そして帰路
午後一時九分、田代山の山頂に立った。標高千九百二十六メートル。しかし、山頂の標識よりも、眼下に広がる湿原の方が、はるかに印象的である。

木道は湿原の中を幾筋にも分かれ、まるで庭園の小径のようだ。ワタスゲの白、イワカガミのピンク、タテヤマリンドウの青、チングルマの白。色とりどりの花々が、緑の湿原を彩っている。

これほどまでに美しい湿原が、この山頂にあることの不思議。自然の営みの豊かさに、改めて畏敬の念を抱いた。
下山を始めたのは午後一時過ぎであった。来た道を戻る。小田代から樹林帯へと入り、慎重に高度を下げていく。登りで疲労した身体は、下りでさらに消耗する。一人ひとりの様子を確認しながら、ゆっくりとしたペースを保った。
水場で最後の休憩を取り、午後二時二十二分、猿倉登山口に帰着した。全員が無事に下山できた。それが何よりであった。
帰路、湯ノ花温泉の共同浴場に立ち寄った。鎌倉時代から約七百年の歴史を持つという古湯である。共同浴場「弘法湯」の名は、田代山開山にちなんだ弘法大師を祀る場所に建てられたことに由来するという。山上の弘法大師堂と、この湯が繋がっているのだ。混浴もあるが、我々は男女別の浴場を利用した。山の汗を流す温泉は格別である。疲れた身体に、湯の温もりが染み込んでいく。
ワタスゲの白い海。木道を辿る至福の時間。色とりどりの花々が彩る湿原。田代山の「天上の楽園」は、その名に恥じない美しさであった。初夏の南会津を満喫した一日である。
記録
- 日程:2025年6月29日(日) [日帰り]
- メンバー:16名(ガイド1名、クライアント14名、添乗員1名)
- 山域:南会津(福島県・栃木県)
- ルート:福島市内 → 猿倉登山口 → 小田代 → 田代山湿原 → 田代山(1,926m) → 猿倉登山口
- 行動時間:登り:3時間33分、下り:1時間13分、合計:4時間46分
- 宿泊形態:日帰り(田代山避難小屋周辺で昼食)
- 天候:晴れ
- 特記事項:
- 山頂湿原のワタスゲが最盛期
- チングルマ、イワカガミ、タテヤマリンドウなど高山植物が見頃
- 木道整備良好
- 下山後、湯ノ花温泉共同浴場利用(入浴料:大人300円)
- 難易度
- 体力: 初級〜中級(標高差約600m)
- 技術: 初級(整備された登山道)
参考
【追伸:花の百名山へ!あなただけの「天上の楽園」へご案内します】
田代山の美しい紀行文、最後までお読みいただきありがとうございます!
ワタスゲが白い海のように広がる山頂湿原は、本当に「天上の楽園」という名にふさわしい光景でしたね。整備された木道を歩く、あの至福の時間は格別です。
「記事にあるようなワタスゲの最盛期に山へ行きたい!」
「体力に自信がないけれど、あの美しい湿原を歩いてみたい」
「登山中の体調管理や、万が一の時が不安…」
お客様の「見たい!」と「安心したい」という気持ちを大切にするのが、わたしの個人ガイドツアーです。
今回のように、大勢のツアーでは難しい「お客様一人ひとりの体調管理」や「花や自然に寄り添ったゆったりとしたペース」を、プロのガイドとして責任を持って提供いたします。
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