【山岳紀行】前ヶ岳南壁V字第二スラブ ー 花崗岩の大岩壁を登る
本名御神楽、前ヶ岳南壁へ。霧来沢源頭に広がる花崗岩のスラブ群、その第二ルンゼを目指す。六百メートルに及ぶ大岩壁をフリーで登り、眼下に広がる会越の紅葉を眺める。三日間の山行を締めくくる、晩秋の岩登り紀行。
第一部:霧来沢へ
前日、西上州での二日間の講習を終えた私は、群馬から新潟へと車を走らせた。向かうは本名御神楽、前ヶ岳南壁である。
日が暮れる頃、登山口に到着した。今回の山行は講習会とは別の仲間、五名でのクライミングである。車中で一夜を過ごし、翌朝を待つ。三日間連続の山行、疲労は確かにあったが、身体はまだ動く。

十一月六日、夜明けと共に出発する。八乙女滝を経て、八丁洗板と呼ばれる滑りやすい登山道を登っていく。紅葉は終盤を迎え、落ち葉が道を覆っていた。
本名御神楽岳から南に伸びる杉山ヶ崎(岬)尾根と、前ヶ岳五峰と呼ばれ焼仏岳に至る県境尾根。その二つの山稜に囲まれた岩場が、前ヶ岳南壁である。霧来沢源頭左岸に広がる花崗岩のスラブ群の東端は、V字状に一から四まで顕著に分かれている。我々が目指すのは、その第二スラブであった。
杉山ヶ崎尾根の取り付き付近で、登山道を外れる。沢へと下り、やがて岩壁の基部に到達した。見上げれば、花崗岩の白い壁が天を突く。標高差六百メートル。V字に切れ込んだルンゼ状のスラブが、我々を待ち受けていた。
第二部:大岩壁を登る
取り付きに立ち、岩の感触を確かめる。花崗岩特有のザラリとした表面が、指先に心地よい。フリクションは良好だ。ただし、所々に砂やボロい箇所もある。慎重に岩質を見極めながら、登攀を開始した。

V字第二スラブは、技術的な困難度は高くない。登攀グレードは二から三級程度である。核心部と呼べる場所もなく、ロープはほとんど使わない。ただ一箇所、念のため一ピッチだけロープを出したが、基本的にはフリーでの登攀であった。

開けたスラブを登る開放感。これこそが、このルートの魅力である。ホールドは豊富とは言えないが、フリクションに身を委ねて登っていく。岩との対話。足裏の感覚を研ぎ澄ませ、バランスを取りながら高度を上げていく。

一息入れるたびに、私は振り返った。眼下に広がるのは、広大な花崗岩のスラブである。白い岩肌が陽光を受けて輝き、その向こうには会越の山々が連なる。晩秋の紅葉が、赤や黄色に彩られていた。

高度を上げるほどに、視界は開けていく。V字のルンゼを登り、スラブの上部へと達すると、景色は一変した。前ヶ岳南壁の全容が眼下に広がる。六百メートルの岩壁を、我々は登ってきたのだ。スケールの大きさに、改めて圧倒される。

仲間たちと声を掛け合いながら、登攀を続ける。前日までの沢登り講習とは異なる、岩との直接的な対話。水のない世界で、重力と向き合う。三日間の疲労は確かにあったが、岩を登る喜びがそれを忘れさせてくれた。

やがて、スラブの上部に到達する。しかし、登攀が終わったわけではない。ここからが、本日の真の核心部であった。

第三部:藪との闘いと下山
スラブを登り切った先に待ち受けていたのは、濃密な藪であった。灌木が密生し、進むべき道を阻む。仲間と協力しながら、枝をかき分け、体を捻じ込ませて進んでいく。
藪漕ぎは三十分ほど続いた。灌木帯を抜けると、今度は笹藪が現れる。背丈ほどもある笹を掻き分け、ようやく登山道へと辿り着いた。御神楽岳避難小屋付近である。

汗を拭い、一息つく。登攀そのものは快適であったが、藪漕ぎの消耗は大きい。しかし、これもまた山行の一部だ。自然は常に、予想外の困難を与えてくる。
下山は杉山ヶ崎尾根を経由し、再び八丁洗板の登山道を辿る。疲労が足に重くのしかかってくるが、歩を進めるしかない。
八丁洗板を下り、やがて八乙女滝の周辺に差し掛かった時、Sがなめこを見つけた。倒木に群生する小さなきのこ。晩秋の山の恵みである。
我々は足を止め、なめこを採取した。それほど多くは採れなかったが、三日間の山行を締めくくるささやかな喜びであった。山菜やきのこを採ることもまた、山の楽しみの一つである。
八乙女滝を過ぎ、登山口へと戻る。三日間の山行が、ようやく終わりを迎えた。
裏妙義の谷急沢、西上州の碓氷川、そして本名御神楽の前ヶ岳南壁。沢登りとクライミング、異なるスタイルの山行を連続して行った三日間は、身体的には厳しいものであった。しかし、その分だけ、得たものも多い。
前ヶ岳南壁V字第二スラブは、技術的な難易度こそ高くないが、六百メートルに及ぶスケールの大きさと、開けたスラブの快適さが魅力である。眼下に広がる花崗岩の白い岩肌と、会越の紅葉。その景色は、登攀の疲労を忘れさせてくれた。
登山口を後にし、私は福島へと車を走らせる。三日間の山行を終えた充実感と、流石に訪れた疲労。それらを抱えながら、家路についた。
山は常に、新たな発見と挑戦を与えてくれる。そして我々は、また山へと向かうのである。
記録
- 日程: 2021年11月6日(土)
- メンバー: 5名(私、S、T、S、K)
- 山域: 本名御神楽・前ヶ岳南壁V字第二スラブ(新潟県)
- ルート: 登山口 → 八乙女滝 → 八丁洗板 → 杉山ヶ崎尾根取り付き → 沢へ下降 → V字第二スラブ(600m登攀) → 藪漕ぎ → 御神楽岳避難小屋付近の登山道 → 杉山ヶ崎尾根 → 八丁洗板 → 八乙女滝 → 登山口
- 行動時間: 9時間7分(山行8:38 / 休憩0:29)
- 距離: 20.9km
- 累積標高差: 登り2,841m / 下り2,835m
- 宿泊: 登山口で車中泊(前日)
- 天候: 晴れ
- 難易度: 登攀グレードⅡ-Ⅲ級
- スタート地点: 福島県 → 11月5日に群馬県から新潟県へ移動 → 登山口で車中泊
- その他特記事項:
- 前ヶ岳南壁(霧来沢源頭左岸のスラブ群)
- V字状に1-4まで分かれたスラブ状ルンゼの第二
- 岩壁標高差約600m
- 花崗岩、フリクション良好
- ロープほぼ不使用(1ピッチのみ使用)
- 核心部なし、開放的なスラブ
- 登攀後の藪漕ぎ約30分(灌木→笹藪)
- 眺望良好(広大なスラブと会越の紅葉)
- 下山時になめこ採取(八丁洗〜八乙女滝周辺)
- 3日間連続山行の最終日
- 前ヶ岳五峰(標高1,145m付近)、本名御神楽岳(1,266m)

