【山岳紀行】

【山岳紀行】石転び大雪渓 — 初夏の飯豊、雪渓を登る

北村 智明

6月、東北の名峰・飯豊連峰の石転び大雪渓へ。新型コロナウイルスの影響で山小屋が閉鎖される中、日帰りでの雪渓登攀を選んだ。先輩Tの速いペースに必死で食らいつきながら、白い雪渓と嫋やかな稜線のコントラストに魅了された一日。残雪期の飯豊を満喫した山行の記録。


第1部:夜明け前の出発

宮城を発ったのは前日の夜であった。新型コロナウイルスの感染拡大により、世の中は自粛ムードに包まれていた。山小屋も軒並み休業を余儀なくされ、飯豊の小屋も例外ではない。それでも、山は変わらずそこにある。日帰りという条件で、私たちは飯豊へ向かった。

飯豊山荘上の駐車場に到着したのは午前4時過ぎ。標高2,105メートルの飯豊山を主峰とする飯豊連峰は、山形・新潟・福島の三県にまたがる豪雪の山域である。日本百名山にも名を連ねるこの山は、深田久弥が「東北の雄峰」と称したように、どっしりとした山容と豊かな自然で知られている。

先輩のTが準備を整える様子を横目に、私はアイゼンとピッケルの確認をする。石転び大雪渓は飯豊の代表的な雪渓ルートで、6月ともなれば雪は締まり、登攀に適した状態となる。しかし油断は禁物だ。落石の多いルートでもある。

午前4時25分、ヘッドランプの灯りを頼りに歩き始めた。温身平までの林道は長い。暗闇の中、二人は黙々と足を進めた。


第2部:雪渓との対峙

温身平に到着したのは午前4時43分。短い林道歩きで身体を慣らし、ここからいよいよ本格的な登りが始まる。

石転び沢の入口へと進む。眼前に広がる雪渓は、下部こそ露出が多いものの、上部は安定した白い斜面を見せていた。しかし、下部は雪解けが進み、足元には雪に開いた穴が散見される。落とし穴に落ちぬよう、慎重に雪面を選んで進む。六月の陽光を浴びて、雪面が眩しく輝いている。
アイゼンを装着し、ピッケルを手に取る。雪渓の硬さはちょうど良い。クレバスの心配もなさそうだ。

登り始めてすぐに気づいた。Tのペースが速い。私は必死で後を追う。雪渓は単調なようでいて、微妙な傾斜の変化がある。ピッケルを突き、アイゼンの爪を確実に効かせながら、一歩一歩高度を稼いでいく。

自分の歩みとTとの距離、そして落石のリスクを冷静に見極めようと、無意識のうちに思考を巡らせる。落石の音が時折響く。慎重にルートを見極めながら、私たちは黙々と登った。

やがて雪渓の上部に差し掛かる。右に寄りすぎれば門内沢に迷い込む恐れがある。ふと振り返ると、眼下に広がる飯豊の山並みが美しい。残雪の白と新緑の緑、そして岩肌の灰色。初夏の飯豊は、色彩のコントラストに満ちている。

Tが立ち止まった。私も息を整えながら、その景観に見入る。雪渓のゆるやかな曲線と、稜線の穏やかな起伏が織りなす光景。厳しさの中にある優しさが、飯豊という山の本質なのかもしれない。


雪渓を登り切り、午前8時12分、梅花皮小屋が見えてきた。小屋開け前で人の気配はない。小屋で20分ほどの休憩をとり、稜線へと続く道を進んだ。


第3部:天空の回廊、そして帰路へ

北股岳に到着したのは午前8時50分。雪渓登攀の緊張を解き放つかのように、主稜線は静謐な別世界を拓いた。梅花皮小屋から続くこの稜線歩きこそ、飯豊の真骨頂である。門内岳、地神山と、私たちは高揚した足取りで、その嫋やかな稜線を辿った。

稜線に立つと、風が心地よい。気温もちょうど良く、汗ばんだ身体を冷やしてくれる。Tは相変わらず速いペースで先を行く。私はそれに食らいつくことで精一杯だった。しかし不思議と苦痛ではない。むしろ、自分の限界に挑むような充実感があった。

丸森峰に到着したのは正午を過ぎた12時17分。ここから下山にかかる。登りとは打って変わって、下りはザレた急斜面が続く。足を取られそうになりながら、慎重に高度を下げていく。下山路は相変わらずの悪路である。

飯豊山荘上駐車場に戻ったのは午後12時27分。休憩時間を含め、実働8時間余りの日帰り山行であった。

下山後、梅花皮荘で汗を流す。湯に浸かりながら、今日一日を振り返った。Tのペースについていくのは容易ではなかったが、その分、充実した山行となった。石転び大雪渓の美しさ、稜線から見た飯豊の山並み。そのすべてが、記憶に深く刻まれている。
次はスキーで滑降してみたい。そんな思いが、湯船の中でふと湧き上がった。
飯豊はまた、私たちを迎えてくれるだろう。その時まで、今日の記憶を大切にしまっておこうと思う。


記録

  • 日程: 2020年6月7日(日)
  • メンバー: 2名
  • 山域: 飯豊連峰(山形県・新潟県・福島県)
  • ルート: 飯豊山荘上駐車場 → 温身平 → 石転び大雪渓 → 梅花皮小屋 → 北股岳 → 門内岳 → 地神山 → 丸森峰 → 飯豊山荘上駐車場
  • 行動時間: 8時間02分 (休憩 45分)
  • 距離: 21.6km
  • 累積標高差: 登り2,004m / 下り2,014m
  • 宿泊形態: 日帰り
  • 天候: 晴れ
  • 雪渓状態: 下部は露出多め、上部は穴に注意、硬さは適度、クレバスなし
  • スタート地点: 宮城県内 → 飯豊山荘上駐車場
  • 推奨時期:5月下旬〜6月中旬(雪渓が安定している時期)
  • 難易度: 体力:高(日帰りで8時間、累積標高差2,000m超) / 技術:中(雪渓登攀の基本技術必要)
  • その他特記事項: 落石に注意。ルートファインディングは慎重に。

おぐに白い森「梅花皮荘」総合案内


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北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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