【山岳紀行】

【山岳紀行】南八甲田・横岳 ー 暴風の翌朝、北斜面を滑る

北村 智明

五月初旬、南八甲田の横岳へ。前夜の暴風でテントが揺れる中、夜明けと共に行先を変更した。強い南風が吹き付ける稜線を越え、北斜面のストップ雪に苦戦した一日。7名のパーティーで挑んだ、GWの山スキー紀行。


第1部:暴風の夜と行先変更

ダム近くのキャンプ地で迎えた夜は、予想を超える暴風に見舞われた。テントを叩く風の音が、一晩中鳴り止まない。時折、フライシートが激しく波打ち、ポールが軋む。眠りは浅く、何度も目が覚めた。

夜明けと共に、我々は行先の変更を決めた。当初の計画では北八甲田を目指す予定だったが、この風では危険である。南風が強いのであれば、北斜面を持つ山へ。横岳が候補に挙がった。標高1,339メートルの南八甲田に位置するこの山は、国道103号を挟んで北八甲田と対峙する南八甲田山系の一峰である。最高峰の櫛ヶ峰をはじめとする穏やかな山容の山々が連なり、山麓には広大な湿原が広がる山域だ。

五月四日の朝、午前六時五十四分。沖揚平のスノーシェッド近くの路肩に車を停め、準備を整える。空は晴れているが、風は依然として強い。気温は高く、風が強いのに暑さを感じるという、ウェアリングの判断が難しいパターンだ。行動着を一枚減らすべきか、それとも稜線の風を考慮して保温着を持つべきか。7名のメンバーそれぞれが、悩みながら装備を調整している。

シールを貼り、スキーを履く。残雪はまだ豊富で、標高の低い地点から滑走が可能だ。ただし、雪面は夜間の冷え込みで締まっている。

出発した。樹林帯の斜面を登り始める。しかし、シールの効きが悪い。一歩踏み出すたびに、板がずり落ちそうになる。雪面が締まっているのか、それともシールの状態が悪いのか。慎重に足を運ばなければ、後ろに滑ってしまう。ペースが上がらず、たらたらとしか歩けない。すると、あっという間に仲間たちに置いていかれた。彼らの姿が遠ざかり、焦りが募る。しかし、無理をして追いかけても消耗するだけだ。自分のペースを守り、ずり落ちないように一歩一歩確実に、黙々と高度を稼ぐことに専念した。

標高を上げるにつれ、風はさらに強さを増す。樹林帯を抜けると、遮るものがなくなり、南風が容赦なく吹き付けてくる。予報通りの風である。しかし、気温は高く、汗が噴き出す。ウエアリングの調整は難しい。暑さに耐えながら、風に押されながら、一歩ずつ進んでいった。


第2部:稜線の風と北斜面への挑戦

午前九時四十七分、ようやく仲間たちに追いついた。彼らは稜線の手前で待っていてくれた。息を整え、水を飲む。ここから先は、風がさらに強まるはずだ。

三分の休憩を経て、稜線へ向かう。案の定、風は激しさを増していた。体が煽られ、バランスを取るのに神経を使う。横岳の山頂は目の前だが、風が行く手を阻む。慎重に歩を進めた。

午前十時十七分、横岳山頂に到着した。しかし、風が強すぎて、長居はできない。景色を楽しむ余裕もなく、すぐに滑降の準備に入る。シールを剥がし、ビンディングを滑降モードに切り替える。北斜面を見下ろす。雪面は白く輝いているが、その下にどんな雪質が待っているのか、まだわからない。

一分の準備を経て、滑り出した。最初の数ターンで、すぐに雪質の悪さを実感した。ストップ雪である。エッジが引っかかり、スムーズなターンができない。板が走らず、思うようにコントロールできない。斜面は急ではないが、この雪質では難易度が跳ね上がる。

それでも、我々は山頂付近の斜面を何度も楽しんだ。一度滑り降りては登り返し、また滑る。三回ほど繰り返した。ストップ雪に苦戦しながらも、異なるラインを試し、それぞれが自分なりの滑りを模索する。風は相変わらず衰えを知らぬが、滑降の充実感がそれを忘れさせた。

やがて、本格的な下山を開始した。仲間たちも苦戦している様子だ。それぞれが自分のペースで、慎重に滑降していく。私は板をずらしながら、バランスを保つことに集中した。ストップ雪は、技術よりも忍耐を試される。美しい滑りを諦め、ただ安全に下ることだけを考える。

斜面を下るにつれ、雪質は少しずつ改善していった。標高が下がり、気温が上がったためか、雪がわずかに柔らかくなる。それでも、決して滑りやすい雪ではない。最後まで気を抜くことはできなかった。


第3部:下山と充実感

午前十一時十九分、スタート地点に戻った。約四時間半の行動時間である。スキーを脱ぎ、装備を片付ける。風は相変わらず強いが、滑降を終えた安堵感が体を包む。

振り返れば、横岳の山容が青空の下に聳えている。北斜面は、我々が滑り降りた跡をわずかに残していた。ストップ雪に苦しめられた斜面だが、それもまた山スキーの醍醐味である。理想の雪質を求めるのは、そもそも山への傲慢であろう。与えられた条件の中で、いかに安全を確保し、楽しむか。それが山の教えだ。

前夜の暴風で計画を変更し、横岳を選んだ判断は正しかった。南風が強い日には、北斜面を持つ山へ。基本的な戦略だが、実践することは容易ではない。天候判断、ルート選択、体力配分。すべてが噛み合って初めて、安全に山を楽しむことができる。

7名のメンバーそれぞれが、自分のペースで登り、自分の技術で滑った。誰一人として同じ経験をした者はいない。それでも、同じ山を共有し、同じ時間を過ごした。その事実が、この山行を特別なものにしている。

車に戻り、濡れたウエアを脱ぐ。汗と雪解け水で、全身がびっしょりだ。しかし、不快感よりも達成感の方が大きい。暴風の夜、行先変更の朝、強風の稜線、ストップ雪の北斜面。すべてが、五月初旬の南八甲田らしい一日であった。


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【記録】

  • 日程: 2022年5月4日(水) 日帰り
  • メンバー: 7名
  • 山域: 南八甲田(青森県)
  • ルート: 沖揚平スノーシェッド付近 → 横岳(1,339m) → 北斜面滑降 → 沖揚平
  • 行動時間: 約4時間25分
  • 宿泊形態: 前夜テント泊(下湯ダム公園キャンプ場)
  • 天候: 晴れ/強風(南風)
  • 雪質: 北斜面はストップ雪
  • スタート地点: キャンプ場 → 沖揚平スノーシェッド付近に移動
  • その他特記事項: 暴風により行先変更。風が強いが気温が高く、ウエアリング調整が困難。

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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