【山岳紀行】

【山岳紀行】万世大路・栗子隧道 ー 冬の終わりに氷筍を求めて

北村 智明

二〇二六年三月、週末の計画に迷った末、私たちが辿り着いたのは、明治の土木遺産が眠る雪の古道であった。栗子山の懐に隠された隧道の奥で、冬だけが作り出す氷の造形と静かに対峙した一日の記録である。


第一部:行き先なき土曜日、米沢へ

土曜の朝から雨であった。山形の空は低く垂れこめ、東北全域で気圧配置が崩れているという。翌日曜も曇りの予報だが、稜線には強風が吹くとみられた。雪はここ数日の寒気で締まり、スキーには硬すぎる。アイスクライミングのシーズンには少し遅い。Kと二人で地図を広げながら思案した末、氷筍を見に行こうということになった。

氷筍(ひょうじゅん)とは、洞窟や隧道の内部で、岩の割れ目から滲み出た地下水が少しずつ凍り、下から積み上がるように成長する氷の柱である。天井から垂れる氷柱とは逆に、床から空に向かって伸びる。その形が竹の子(筍)に似ていることから、この名がついた。地表の気温変化が遮られた地下空間でのみ育まれ、春の気配とともに融けて消える、冬だけの造形だ。

栗子隧道。明治十四年(一八八一年)十月三日の開通式をもって完成をみた万世大路の要衝で、山形と福島を結ぶかつての幹線に穿たれた当時日本最長の道路用隧道である。平成八年には文化庁の「歴史の道百選」に選定され、土木学会選奨土木遺産、経済産業省の近代化産業遺産にも認定された、明治日本の土木技術の粋である。初代山形県令・三島通庸が「鬼県令」と呼ばれるほどの強引な工事推進で成し遂げたこの難工事の開通式は、東北巡幸中の明治天皇を迎えて盛大に執り行われた。天皇は山形側の坑口で輿を降り、三島の先導のもと左右の燈火に照らされながら徒歩でトンネルを渡り、福島側へと抜けられた。翌年、天皇はこの新道に「万世大路」の名を贈った。「萬世ノ永キニ渡リ人々ニ愛サレル道トナレ」との願いを込めた命名である。その隧道の坑口が、冬になると氷筍を育てるという。近年の温暖化で残雪や氷が年々乏しくなっている中、まだ見られるとすればこの時期を逃すまい。

前日は米沢入りし、前田慶次の墓を訪ねた。漫画『花の慶次』の読者にとって、米沢は聖地のようなものである。

上杉景勝に仕え、傾奇者として戦国を駆け抜けた慶次が最後の地に選んだのがこの米沢だ。雪の残る境内に建つ堂宇は修繕の最中で、五色の幕が冬の風に揺れていた。堂の奥に安置された石碑を、しばらく静かに眺めた。

その後、夕食は米沢ラーメンの名店、熊文へ向かった。暖簾をくぐると、煮干しと醤油の香りが静かに漂ってくる。運ばれてきた一杯は、あっさりした淡い色の醤油スープに、細く縮れた麺が絡む。脂の少ない清澄なスープは、口に含むと出汁の旨みだけが残る。派手さのない、実直な味だ。豪雪地帯に生きる人々の食に通じる、飾り気のない一杯であった。翌日の山行に思いを巡らせながら、静かに箸を置いた。


第二部:万世大路、栗子隧道へ雪の古道を行く

日曜の朝、空は曇っていた。風の音が遠くに聞こえたが、谷間に降りると穏やかだった。

米沢砕石の入口付近に車を止め、構内を進ませてもらう。除雪終了点からは、夏道を外れて沢沿いのショートカットルートを取った。万世大路の正規ルートは栗子沢の橋から始まるが、冬期は積雪で道形が消える。沢沿いの斜面を直登する方が、この季節は効率がよい。

例年この時期はスノーシューかワカンがなければラッセルが激しく難儀する区間だが、今年の雪は締まっていた。Kのアイゼンが雪面を確実に捉え、私のチェーンスパイクも概ね問題なく機能した。ただ急斜面の一部では、爪の短さを意識させられる箇所もあった。慎重を期してKの後を追う。

標高を上げるにつれ、冬枯れのブナが両側から迫るようになった。幹は白く、細い枝が灰色の空に向かって伸びている。雪面には風で運ばれた枯れ葉が点々と散り、それ以外には何もない。踏み跡のない白い斜面に、私たちの足跡だけが続いていく。栗子川の源流域に近いこの沢筋は、夏であれば渓流の音が響くはずだが、今は雪の下で静まり返っていた。山深い場所に踏み込んでいくときの、あの緊張と静けさが交互に訪れる感覚があった。

高度を稼ぐにつれ、谷が開けてくる。振り返ると米沢の盆地が白く霞み、遠く吾妻の山並みが雲の間から顔を覗かせていた。一時、薄日が差した。Kが立ち止まり、黙って遠景を眺める。その背後に広がる雪の斜面と冬空の対比が、静かな絵のようであった。

歩き始めておよそ二時間、栗子隧道の山形側坑口に到着した。


第三部:氷の造形、そして下山

石積みのアーチが雪の中に静かに口を開けていた。

明治十四年十月三日、三島通庸が鬼気迫る執念で開削させたこの坑口の前に、明治天皇が立たれた。輿を降りた天皇は、三島の先導のもと左右の燈火に照らされながら徒歩でトンネルを渡り、福島側へと抜けられた。式典に備え、関係者は荷車四十八輛を仕立てて坑内を清掃したという。今から百四十年以上前のことである。

内部に足を踏み入れると、冷気が頬を刺した。崩落が進んでいることはすぐに分かった。天井のコンクリートが剥がれ落ち、岩盤が剥き出しになった箇所が随所にある。無造作に置かれた工事用のコーンが、この場所の危うさを静かに伝えていた。長居すべき場所ではないと判断し、一通りの確認を終えて坑口を出た。

隧道の脇に、洞窟状の空間が口を開けている。こちらに氷筍は密集していた。

地面から白い柱が無数に生えている。岩の割れ目から一滴ずつ滲み出た地下水が、洞内の冷気に触れて少しずつ凍り、長い冬をかけて積み上がったものだ。高さ五十センチを超えるものもある。ヘッドランプの光を当てると、柱の内部が淡い青に透き通る。鍾乳洞の石筍と似た形をしているが、こちらは純粋な氷でできている。光が差し込む角度によって、白にも青にも見える。

近づいて観察すると、氷筍の内部は空洞になっており、融けた水がコップのように溜まっていた。外側の氷が殻となり、内側に水を閉じ込める構造。氷と水が同居するその不思議な造形に、しばらく言葉が出なかった。近年の温暖化で、こうした場所が年々減っていると聞く。まだここに残っていたことに、素直に安堵した。

一時間ほど洞内を丁寧に見て回り、坑口を後にした。

帰路は万世大路の本道筋を辿ることにした。往路の沢沿いルートとは異なり、歴史の道の痕跡が随所に残っている。雪の下に埋もれた石畳の感触が、時折、足裏に伝わってくる。かつて馬車が行き交い、荷物を運ぶ人々が往来したこの道を、今は私たちだけが歩いている。

ほどなく、つづら折りの急斜面に差し掛かった。七曲り――明治の道普請がヘアピン状に七段刻んだ下り坂だ。雪に覆われてはいるものの、段状の地形は読み取れる。一段一段、慎重に高度を落とす。

さらに下ると、茶屋跡の痕跡があった。往時、旅人が峠を越える途中に立ち寄り、一息ついた場所だ。今は礎石の一部が雪に埋もれているだけだが、往来の賑わいはかすかに想像できた。立ち止まり、あたりの静けさに耳を傾けた。風の音だけが谷を渡っていく。

スタート地点に戻ったのは、十二時五十七分であった。

下山後は白布温泉の東屋へ立ち寄り、汗を流した。正和元年(一三一二年)の開湯と伝わるこの湯は、七百年を超えてなお清らかであった。代々「宍戸惣左衛門」を名乗る当主が守り続けてきた老舗の湯に身を沈めながら、明治の人々が越えた栗子の道と、それよりさらに古い湯治の歴史とが、ふと重なった。万世大路らしい静かな冬山行と、思いがけない氷の造形。行き先を決めあぐねた週末にしては、望外の一日であった。


【記録】

  • 日程: 2026年3月1日(日) 日帰り
  • メンバー: 2名(私、K)
  • 山域: 栗子山域(山形県米沢市)
  • ルート: 米沢砕石入口 → 沢沿いショートカット → 万世大路 → 栗子隧道(山形側)→ 往復
  • 行動時間: 山行3時間22分 / 休憩1時間04分 / 合計4時間26分
  • コースタイム: 8:31 スタート → 10:20 栗子隧道着 → 11:24 下山開始 → 12:57 ゴール
  • 天候: 曇り(東北全域で強風、稜線は荒天)
  • 積雪状況: 締まり雪、スノーシュー・ワカン不要
  • 装備: チェーンスパイク(私)、アイゼン(K)、ヘッドランプ、その他積雪期装備
  • 注意点: 隧道内は崩落進行中、長時間の滞在は危険。隣接する洞窟状空間の方が氷筍が多い
  • 推奨時期: 2月下旬〜3月上旬(気温次第で氷筍の状態が変化)
  • 立ち寄り: 前日/前田慶次の墓、熊文(米沢ラーメン) 下山後/白布温泉 東屋700円

立ち寄りスポット

  • 熊文 ー 米沢ラーメンの老舗。淡い醤油スープに細いちぢれ麺
  • 白布温泉 東屋 ー 正和元年(一三一二年)開湯と伝わる白布高湯の老舗。代々「宍戸惣左衛門」を名乗る宿主が守り続ける硫黄泉

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※GPSデータをお持ちの方は、ご自身の記録と照らし合わせてご参照ください。

【GPSデータ利用上の注意】

本記事で公開しているGPSデータは、あくまで当日の記録です。以下の点にご注意ください。

  • 積雪量、雪質、天候は日々変化します。当日と同じ条件とは限りません
  • ルートの危険箇所(雪庇、雪崩の危険地帯など)は、積雪状況により大きく異なります
  • 冬山装備(アイゼン、チェーンスパイク等)の適切な使用技術が必要です
  • 栗子隧道内は崩落が進行中です。無理な進入は避けてください
  • GPSデータはあくまで参考情報です。ご自身の技術・経験・体力を考慮し、慎重に計画を立ててください
  • 不安がある場合は、経験者と同行するか、ガイドツアーのご利用をお勧めします
  • 冬山は自己責任の世界です。安全第一で楽しんでください

【追伸:次は、あなたの番です!】

万世大路での冬の静寂の旅、最後まで読んでくださりありがとうございます!

記事の中でご紹介したように、冬山には夏とは異なる静謐な美しさがあります。明治の古道に積もる雪、洞窟に息づく氷の造形、七百年の歴史を持つ温泉。安全に配慮しながら、その魅力を丸ごと味わうことができます。

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私も万世大路で感じた、あの「古道の静寂」と「氷筍が織りなす冬の造形美」を、あなたにも満喫していただけるよう、心を込めてご案内します!

まずは、おしゃべりする感覚で、お気軽にご連絡くださいね。

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ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
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