【山岳紀行】大白布沢左股 ー 飯豊が課した、ヌメりの洗礼
八月の飯豊連峰、阿賀野川水系一ノ戸川の支流・大白布沢左股へ。台風に夏合宿の計画を奪われ、急拵えで踏み込んだその谷は、ネット上にほとんど記録のない、静かで手強い沢だった。ラバーソールが仇となり、フェルトのWに幾度も助けられながら、ゴルジュの悪い小滝を一つひとつ越えていく。一人の沢屋として綴る、盛夏の遡行紀行。
第一部:台風に奪われた夏、沢に向かう
八月六日の夜明け前、福島を発った。
盆に向けて育てていた夏合宿の計画が、台風の接近とともに崩れたのは数日前のことである。気象庁が「地球沸騰化」という言葉さえ使い始めた二〇二三年の夏は、列島全体が記録的な猛暑に覆われていた。そこへ追い打ちをかけるように台風が北上し、予報図を眺めるたびに等圧線は密を増した。撤退の判断は早いほどいい。丁寧に積み上げてきたルートへの未練がなかったとは言わない。しかし、安全を最優先とする。それ以外の選択肢はなかった。
やることが消えた週末、Wから一報が届いた。「大白布沢の左股、どうですか」。
大白布沢は飯豊連峰の南西面から流れ下る沢で、右股ならば遡行グレード二級程度の飯豊入門的な対象として知られている。だが左股となると話が変わる。ネットで当たれど記録はほぼ見当たらず、あるのは先輩たちの記録だけだ。未知の領域というより、「記録を残さなかった者たちが歩いた谷」と言うべきか。それだけで、行く理由としては十分だった。
磐越道を西へ流し、会津坂下で降りて喜多方から山都町へ向かう。盆地の夜気は生ぬるく、車のヘッドライトが田んぼ道を白く切り裂いた。御沢野営場に着いたのは夜半を過ぎた頃で、テントを張り、短い眠りに就いた。飯豊連峰——東北と越後の県境に広がるこの大山塊は、豪雪と花崗岩の谷が織りなす深い山域で、最高峰の大日岳は標高二千百二十八メートルを誇る。その南西面を刻む無数の沢のひとつに、翌朝踏み込むことになる。
翌朝、午前七時三分、出発。
登山道は整備が行き届いていた。飯豊山への一般登山道として長く磨かれた道を、沢装束を背負いながら進む。しばらく歩くと、枝沢の入口に墨書きのペンキがあった。「大滝→」。
おや、と思いながらも従ってみた。踏み跡をたどった先にあったのは、滝を見下ろすための展望台だった。滝ではなく、展望台。なるほど。Wと顔を見合わせ、ひとしきり苦笑いして、本流へと戻った。
第二部:飯豊大滝と誤算

本流をしばらく遡ると、大滝が現れた。

下から仰ぐと二段に見えるが、右岸を巻き上がってみれば三段の構成であることが分かった。

飯豊の豊富な降雨が生んだ豪快な滝で、花崗岩の岩肌を豊かな水量が叩いている。踏み跡があり、高巻きは容易だ。

大滝を越えると、ゴーロと小滝の連続が始まった。途中、水中を渡るへつりがあり、足は着かないが、ホールドはしっかりしていた。

水流は冷たく、腰まで浸かるたびに背筋が引き締まる。沢幅が徐々に狭まり、岩壁が両岸から迫るにつれ、ゴルジュの様相が色濃くなる。

ここで、私はある事実に直面した。ラバーソールが、まったく効かない。

飯豊の花崗岩は、豪雪地帯特有のヌメりをまとっている。薄く張り付いた苔と水膜が岩の表情を均し、ラバーソールの摩擦係数を著しく落とす。

Wのフェルトソールが岩をしっとりと捉えていく一方、私の足元は確信を持てないまま、重心を細かく修正し続けなければならなかった。沢は嘘をつかない。

装備の選択は、そのまま実力の差として谷に刻まれていく。一歩ずつ、慎重に体重を乗せるたびに、自分の判断の甘さを思い知らされた。

二俣まではまだ大白布沢二級程度の印象だった。Wが先行し、私が続く。それが当日の自然な分業だった。だが左股に入った瞬間から、様相が一変した。

悪い小滝が、延々と続く。

五メートル滝(写真なし)はWに肩を貸してもらい、何とか越える。五メートル直瀑は右岸からの巻きを試みたが、土壁には灌木もなく、足が効かない。バイルを岩に打ち込みながら、ニラの様な葉を束ごと掴み、泥壁を這い上がった。生きた心地がしなかった、と書けば大げさに聞こえるかもしれないが、あの数分間は確かにそういう質の時間だった。巻き上がって振り返ると、Wが無表情のまま私を見上げていた。その顔に安堵が滲むのを確認して、初めて自分も息を吐いた。
第三部:ゴルジュの奥で飯豊を知る
六メートルの斜めに走る細い滝(写真なし)では、アブミを使った人工登攀となった。
遡行グレード三級。数字は後から付けるものだが、アブミに体重を預けながら少しずつ高度を稼ぐ時間は、その数字の意味を体で理解させてくれる。飯豊の岩は垂直な圧力を受け続け、ホールドの形が独特だ。指先と足先でその形を読みながら、一手ずつ確認した。

チムニー状の十メートル滝(写真なし)では、Wがリードをとった。フェルトがいくらかフリクションを拾えるとはいえ、真ん中の細いラインを丁寧に拾っていかなければならない難しい滝だ。Wの動きは静かで迷いがなかった。確保しながら見上げる私には、その沈着さが頼もしくもあり、自分のラバーへの後悔を新たにするものでもあった。フォローで越えてみると、階段状のはずの岩を、それでも相当に突っ張りながら処理した。

その後も四メートルのトイ状滝(写真なし)をジャミングで抜け、悪い小滝とゴーロが飽きるほど続いた。これこそが飯豊の沢なのだろう。他のエリアの「難しい沢」が飯豊においては入門になるという先輩たちの言葉の意味が、この谷でようやく腹に落ちた。

逃げ場のないゴルジュに撤退を選ぶとすれば、灌木のない地形ではハーケンを何枚も捨てて二俣まで戻るしかない。だからこそ、進む一手を着実に積み重ねることが求められる。ソロでは来てはならない沢だと思った。フェルトとラバーの二名体制で互いを補い合う形が、ここでは理に適っている。

遡行予定より時間を食い、稜線への詰めをこなし、三国岳に乗り上げたのは午後二時を過ぎた頃だった。

稜線に出た瞬間、四方の視界が開いた。それまで岩と水と土だけを見続けてきた目に、飯豊の山並みが一気に飛び込んでくる。稜線に続く草原の緑が、夏の陽光を浴びて金色に輝いていた。疲労が深い分だけ、その広さが身に染みた。

三国小屋の水場は枯れていたが、地蔵山の峰秀水は清らかに湧いていた。冷たい水を口に含み、息を整える。疣岩山、剣ヶ峰を経て、十五里尾根を黙々と下った。記録的な酷暑の夏だった。稜線の風は生ぬるく、汗が止まらなかった。それでも下りながら、私は今日の沢のことだけを考えていた。
御沢野営場に戻り、装備を解いた。飯豊の湯で汗を流す。入浴料はいつのまにか三百円に値下がりしていた。湯船に身を沈めながら、次はフェルトで来ようと、静かに思った。飯豊の沢は、そういう形で人を呼び戻す。
記録
- 日程:2023年8月6日(日)日帰り
- メンバー:2名(私、W)
- 山域:飯豊連峰(福島県喜多方市山都町)
- 水系:阿賀野川水系 一ノ戸川 大白布沢左股
- ルート:御沢野営場 → 大白布沢左股遡行 → 三国岳 → 疣岩山 → 御沢野営場
- 行動時間:9時間31分(山行8時間8分・休憩1時間23分)
- 距離:16.7km 登り1,640m 下り1,643m
- 天候:晴れ
- 遡行グレード:3級
- 登攀グレード:IV+級(6m斜瀑・人工登攀)
- 水量:平水
- 装備:ザイル、ハーネス、バイル、アブミ、ハーケン数枚、カラビナ類、ヘルメット、ラバーソール靴(私)・フェルトソール靴(W)
- 核心部:5m直瀑右岸の悪い巻き(バイル使用)/6m斜瀑アブミ人工/チムニー状10m滝
- 注意点:ゴルジュ内は撤退困難で逃げ場なし。ソロ非推奨。
- 推奨時期:7月中旬〜9月上旬
- 下山後:飯豊の湯(入浴料300円)
※ GPXデータ・ルート図は参考としてご活用ください。
⚠️ GPSデータ利用上の注意
本記事に掲載のルート情報・GPSデータは、山行当日の状況をもとに作成したものです。沢の状況は水量・季節・気象条件により大きく変化します。現地では必ず自身で状況を判断し、GPSデータへの過信は禁物です。入渓・遡行の判断は、常に現場の条件を最優先としてください。
グレーディング評価
本記録は、グレーディングツールV5.0を用いて客観的に再評価した。
このツールは、沢固有の難易度を示す「基本グレード」と、当日の条件(天候・水量・パーティ編成など)を加味した「実遡行難易度」を数値で切り分けることを目的として設計されている。
大白布沢左股の評価結果:
- 基本スコア:61点 / 補正後スコア:76.25点
- 基本グレード:3級(沢固有の難易度)
- 実遡行難易度:3級(当日条件込み)
スコアを押し上げた主要因は、人工登攀による登攀グレードIV+(30点)と技術的判断の多さ(補正係数1.25)だ。当日は晴天・減水という好条件ながら、フリクション「悪い」(10点)と泳ぎ「あり」(8点)が加わり、ラバーソールによる苦戦が数値にも正直に反映された格好となった。体感3級という評価とツールの算出結果が一致している。
「2級のはずなのに思ったより難しかった」——そんな経験を持つ沢屋は少なくないだろう。グレーディングの曖昧さと、客観的評価の試みについては以下の記事で詳しく考察している。
沢登りのグレーディング再考
沢登りのグレードはなぜ曖昧なのか。数値化の試みとその限界、そして評価体系が抱える本質的な問題を、現場の視点から丁寧に考察した専門記事。
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