【山岳紀行】

【山岳紀行】刈田岳 — ブリザードの初詣

北村 智明

新年四日、蔵王連峰の刈田岳へ山スキーで向かう。二十四名という異例の大人数での初詣登山は、風速二十メートルを超えるブリザードとホワイトアウトに阻まれた。GPSと無線を駆使し、慎重を期しながら進んだ冬の一日を、山岳紀行として綴る。


第一部:白い世界への出発

宮城から蔵王へ向かう車中、空は既に重く垂れ込めていた。

前々日、埼玉県秩父市の三峯神社で、雪に阻まれた参拝客約百三十名が神社で一夜を過ごすという出来事があったばかりだった。正月の初詣客が、降雪による道路の通行止めで帰宅できなくなったのだという。その報を聞きながら、私は今日の天候を改めて見つめた。蔵王もまた、油断のできない山域である。

刈田岳は蔵王連峰の中央に位置する標高一、七五八メートルの山である。古くは刈田嶺、不忘山と呼ばれ、山頂には刈田嶺神社が鎮座する。この神社は山麓の遠刈田温泉にある里宮と対を成し、御神体は夏季に山頂の奥宮へ、冬季は麓の里宮へと季節遷座している。奈良時代、役小角の叔父・願行が大和国吉野の金峯山から蔵王権現を勧請したのが始まりと伝えられ、蔵王山という山名の由来ともなった霊峰である。江戸時代の文化、文政のころには、年間一万数千人の登拝者があったという記録もある。

午前七時四十一分、マウンテンフィールド宮城蔵王すみかわに集結した我々は二十四名。歩きが十名、山スキーが十三名、スノーボードが一名という構成である。新年の初詣を兼ねた山行に、これほどの人数が集まるとは予想していなかった。

準備を整えながら、不安が胸をよぎる。風は既に強く、雪煙が舞い上がっている。天候は決して良いとは言えない。スキー板にシールを張る手が、冷気で少しかじかむ。グローブは薄手のものから厚手のものへ。ベースレイヤーの上にミッドレイヤー、そしてシェルを重ねる。無線機が配られ、はぐれた際の対応が確認される。安全を最優先する。それが、この山行に参加する者一人ひとりの責任である。

出発は午前八時前。スキー場のゲレンデを登り始めると、すぐに風雪の洗礼を受けた。視界は悪くないが、上部では状況が一変するだろう。そう予感しながら、我々は黙々とシールを効かせて高度を稼いでいった。

樹林帯に入ると、世界は一変した。針葉樹の枝に霧氷が咲き、白い花園のようである。風は木々に遮られ、ここだけは静謐な空間が保たれていた。シールが雪面を捉える音、ストックが雪に刺さる音、そして仲間の息遣い。それだけが聞こえる世界だった。

しかし、その静けさは長くは続かなかった。あとみゲートを過ぎ、大黒天登山口へ向かう頃には、風が一層強まっていた。樹林の背が低くなり、遮るものが少なくなるにつれて、風の勢いは増していく。時折、強い突風が身体を押し、バランスを崩しそうになる。

午前十時二十八分、稜線に上がった。その瞬間、世界は白一色に塗り潰された。


第二部:ホワイトアウトの稜線

風速は二十メートルを超えていた。視界はほぼゼロ。前を行く仲間の姿さえ、数メートル先で消える。これがホワイトアウトというものか。経験はあったが、二十四名という大人数でこの状況に直面するのは初めてだった。

撤退したい気持ちが、確かにあった。

雪が顔を叩く。ゴーグルが曇り、視界がさらに悪くなる。息を止めてゴーグルの曇りを拭うが、すぐにまた白く染まる。足元の雪面は吹き溜まりと固い氷の層が混在し、スキーのエッジが不規則に引っかかる。転倒すれば、この風の中で立ち上がるのは容易ではない。

時折無線から声が聞こえる。一人、また一人と確認していく。二十四名全員の無事を確認するまで、動けない。

私はGPSを取り出した。グローブを外すと、冷気が指先を刺す。スマートフォンの画面が雪で濡れ、操作がままならない。袖で拭い、現在地を確認する。ルートは間違っていない。刈田岳避難小屋までは、まだ距離がある。視界は悪いが、ルートは単純である。慎重を期せば、到達は可能だろう。

しかし、問題はこの先を進むべきかどうかである。

風は弱まる気配がない。むしろ、強まっているようにさえ感じる。雪煙が横殴りに吹きつけ、立っているだけで体力を消耗する。ここで引き返すべきか。それとも、避難小屋まで進むべきか。判断を誤れば、二十四名全員の命に関わる。

周囲を見渡す。見渡すといっても、見えるのは白い壁だけだ。しかし、仲間たちの様子を伺うことはできる。誰もが風雪に耐え、次の指示を待っている。不安はあるだろう。しかし、諦めてはいない。

我々は白い世界を進んだ。常に人数確認を怠らず、一歩ずつ前進する。山頂を目指すのではない。まず避難小屋へ。

雪面の感触が変わる。吹き溜まりの柔らかい雪が、膝まで沈む。シールが効かず、一歩進むのに倍の労力を要する。息が上がり、心拍が速まる。しかし、止まるわけにはいかない。止まれば、身体が冷える。動き続けることが、生き延びることに繋がる。

避難小屋だ。安堵の息が漏れた。


第三部:凍てついた神社と下山

避難小屋が視界に入ったのは、風雪の中に浮かぶ黒い影としてだった。しかし、我々はまだそこへは入らなかった。まず、山頂を踏む。それが今日の目的である。

午前十時五十五分、刈田岳山頂に立った。

刈田嶺神社の社殿は、完全に凍りついていた。雪と氷が幾重にも重なり、海老の尻尾のように成長した氷柱が社殿を覆っている。冬季、御神体は麓の里宮へと遷されているため、山頂の奥宮は静寂に包まれていた。風は相変わらず激しく、立っているのがやっとだった。しかし、我々はここまで来たのだ。新年の初詣を果たすために。

社殿の前で手を合わせる。安全な山行を、そして一年の無事を祈った。ブリザードの中での祈りは、いつにも増して真摯なものだった。山の厳しさを身をもって知る者として、私は自然への畏敬の念を新たにする。

山頂での滞在は、わずか三分。長居は無用である。視界が回復する気配もなく、我々は避難小屋へと向かった。

午前十時五十八分、刈田岳避難小屋に到着した。小屋に入ると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。風は完全に遮られ、そこは驚くほど快適な空間だった。凍えた身体を休め、温かい飲み物を口にする。束の間の休息が、心に余裕を取り戻させてくれた。

全員で下山ルートを確認し、注意点を共有した。登りよりも下りの方が、事故は起こりやすい。特にこの視界では、ルートを外せば遭難の危険もある。

午後零時二十分、我々は避難小屋を後にした。

下山は慎重に進めた。視界は依然として悪く、スキーを滑らせるというよりは、ボーゲンで慎重に高度を下げていく。雪面の凹凸が見えず、予期せぬ段差に何度も驚かされた。しかし、高度を下げるにつれて、風は弱まり、視界も少しずつ開けてきた。

大黒天登山口まで戻ると、視界が劇的に改善した。稜線の荒々しさが嘘のように、樹林帯は穏やかだった。ここでようやく、スキーを滑らせる楽しみを味わうことができた。シュプールを描きながら、私は今日の山行を振り返る。

撤退を考えた瞬間もあった。しかし、慎重な判断と、全員の協力によって、我々は目的を果たすことができた。二十四名という大人数だからこそ、一人ひとりの安全意識が重要だったのだ。

樹林帯を抜け、ゲレンデへと滑り込む。斜面を一気に滑り降りる爽快感が、身体を駆け巡った。風雪に耐えた後の、この開放感。それが、冬山の醍醐味である。

午後一時三十二分、マウンテンフィールド宮城蔵王すみかわに帰着した。

総行動時間は五時間五十一分。距離にして十二・五キロメートル。ブリザードとホワイトアウトの中、二十四名全員が無事に山を下りることができた。それが、何よりの成果である。

装備を片付け、我々は遠刈田温泉のZAO BOOへと向かった。蔵王町の地場産にこだわったハンバーガーショップで、もち豚や蔵王牛を使ったバーガーが名物だという。山を下りた後の食事は、格別である。

店内はハワイアンテイストの明るい雰囲気で、どこか南国を思わせる。冬の蔵王で凍えた身体には、この温もりが心地よかった。私が注文したのはBOOチーズバーガー。もち豚のパティにチーズが溶け合った、ボリューム感のある一品である。頬張りながら、今日の山行を振り返った。ブリザードの中での緊張、凍てついた神社、そして仲間との絆。会話は自然と弾んだ。

蔵王の冬は厳しい。しかし、その厳しさの中にこそ、山の本質がある。新年の初詣は、山への敬意を新たにする一日となった。


【記録】

  • 日程: 2026年1月4日(土) [日帰り]
  • メンバー: 24名(歩き10名、山スキー13名、スノーボード1名)
  • 山域: 蔵王連峰(宮城県・山形県)
  • ルート: マウンテンフィールド宮城蔵王すみかわ → あとみゲート → 大黒天登山口 → 刈田岳避難小屋 → 刈田岳 → 往路を下山
  • 行動時間:
    • 山行: 4時間27分
    • 休憩: 1時間24分
    • 合計: 5時間51分
  • 距離: 12.5km
  • 累積標高: 登り 647m / 下り 648m
  • 宿泊形態: 日帰り
  • 天候: ブリザード、ホワイトアウト(風速20m以上)
  • スタート地点: 宮城県内 → すみかわスノーパーク
  • その他特記事項:
    • 新年初詣を兼ねた山行
    • 稜線上は視界ほぼゼロ
    • GPS・無線による安全管理
    • 刈田嶺神社は完全凍結

ZAOBOOトップ|蔵王町のハンバーガーショップ ZAOBOOのオフィシャルサイト


Download file: karata-dake-ski-blizzard.gpx
Xからの読者コメントをお待ちしています。
ブログ更新の励みになります!
Facebookでのコメントをお待ちしています。
ブログ更新の励みになります!
ABOUT ME
北村智明
北村智明
登山ガイド
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2。ガイド歴10年。東北マウンテンガイドネットワーク及び社会人山岳会に所属し、東北を拠点に全国の山域でガイド活動を展開。沢登り、アルパインクライミング、山岳スキー、アイスクライミング、フリークライミングと幅広い山行スタイルに対応。「稜線ディープダイブ」では、山行の記憶を物語として紡ぎ、技術と装備の選択を語る。
記事URLをコピーしました