【山岳紀行】長瀞アルプス ー 山笑う秩父、百花の譜を辿る
春霞に煙る秩父の低山、長瀞アルプスへ。前日の雨が大地を潤した翌朝、ガイドとして添乗員と十五名のゲストを率い、野上駅から宝登山を目指した。ロウバイと梅の季節は過ぎていたが、桜とミツバツツジが盛りを迎えていた。花に誘われた人々で賑わう春の長瀞を、足で確かめた一日の記録である。
第一部:福島を発ち、秩父の春へ
福島を早朝に出た。高速を南へ走らせ、秩父鉄道の終点近く、野上駅に降り立ったのは午前九時五十分を過ぎた頃である。
空は薄曇り。前日の雨が嘘のように、風は穏やかで、歩くにはむしろ好都合な気温であった。ゲストの皆さんの顔を見渡す。常連の方々は慣れた様子で荷を整えている。今シーズン初めて参加されるという方も何人かいて、その表情には期待と、ほんの少しの緊張が混じっている。出発前に全員の装備を確認する。ガイドとして、このひと手間に妥協はない。
午前九時五十二分、野上駅を出発した。

駅前の舗装路を少し歩くと、左手に南向山萬福寺の山門が見えてくる。秩父十三仏に数えられる古刹のそばを通り、脇道へ入ると、長瀞アルプスの登山道に入る。「アルプス」と名がついているが、実態は里山の尾根道である。岩壁や雪渓があるわけではない。しかしその名の気安さが、春の低山ハイキングには似つかわしい。

雑木林の道は幅広く、足元も安定していた。樹々の芽吹きはまだ淡く、広がる枝の隙間から白い空が覗いている。鳶岩分岐、防山分岐、氷池分岐と標識を確認しながら進む。道中、すれ違うハイカーが絶えない。それでも、樹林帯に入ると静けさが戻り、鳥の声が聞こえてくる。シジュウカラだろうか、軽やかな囀りが頭上を渡っていった。

足元に目を落とすと、スミレが点々と小さな紫の花を開いている。ムラサキハナナが群れ咲き、踏み跡のそばに春の気配が満ちていた。見上げれば、尾根沿いのミツバツツジが淡い紫紅の花をつけ、ところどころヤマザクラが白い花弁を風に揺らしている。近年、関東の桜の開花は早まっている。今年も東京では平年より一週間ほど早く満開を迎えたという。温暖化の影が、こんな形で山歩きの季節感にも滲み出てくる。野上峠(標高261m)を越え、小鳥峠、奈良沢峠と尾根を辿る。踏み心地のよい土の道が続いた。
第二部:宝登山の頂へ、そして混雑の現実
宝登山の山頂直下で、道の表情が一変する。

それまでのなだらかな尾根歩きとは打って変わり、二百段の急な階段が続くのだ。「毒キノコに注意」と書かれた案内板の前で、私は皆に向かって一言添えた。「毒キノコ取って食べないように」。くすりと笑い声が上がり、一行は山頂への急登に取りかかった。ゲストのペースを見ながら、声をかけながら歩く。

皆の方々の足取りは、慣れた山歩きそのものであった。常連の方々はこの階段を知っており、淡々とリズムを刻む。初めての方は少し息を乱しながらも、確実に足を運ぶ。その表情に、諦めの色はない。

午前十一時五十一分、宝登山山頂(標高497.1m)に全員が立った。野上駅を出てから、約二時間である。

埼玉県秩父郡長瀞町に位置する宝登山は、秩父山塊の中でも数少ない独立峰の体裁を持つ。その山容の秀麗さは古くから人々の信仰を集め、今からおよそ千九百年前、第十二代景行天皇の皇子・日本武尊が山頂に神霊を祀ったと伝えられている。三峯神社、秩父神社とともに「秩父三社」の一社に数えられる宝登山神社は、その麓に鎮座する。山の名は「火を止める山=火止山(ほどさん)」に由来する。

山頂からは武甲山が望まれた。春霞の向こうに、石灰岩を切り出された山肌が白く光っている。まず宝登山神社奥宮へ向かった。山頂から数分の距離に、奥宮は静かに佇んでいた。参拝を終え、ロープウェイ頂上駅へと足を向ける。今日歩いてきた稜線を振り返る。賑やかな声が山頂に満ちていた。

ロープウェイ乗り場に着くと、長い列ができていた。登山道を歩いてきた人だけでなく、ロープウェイで上ってきた普段着の観光客も多い。

十二時三十分、下山を開始する。ロープウェイ頂上駅付近では、ソメイヨシノが見頃を迎えていた。長瀞アルプスの尾根でミツバツツジやヤマザクラを眺めながら歩いてきた目に、白く丸い花房が柔らかく映る。ロウバイと梅の季節は過ぎていたが、花のリレーは途切れることなく続いていた。
宝登山は花の季節、誰もが気軽に訪れることのできる山である。それは数百年続く山の懐の深さでもある。
第三部:参道の桜と、春の長瀞
宝登山表参道十二丁目を経て、十三時三分に宝登山麓駅へ下り立った。
宝登山麓駅からはバスで宝登山神社へ移動する。長瀞アルプスを歩き、宝登山の頂に立ち、奥宮に参拝した後に改めてこの神社の鳥居をくぐる。それは一種の巡礼のような時間であった。

宝登山神社の参道沿いには桜が植えられ、この日もソメイヨシノが見頃を迎えていた。花の下を歩く人々の多さに、春の長瀞の賑わいをあらためて実感する。境内では色とりどりの人波が行き交い、観光地としての長瀞が全開であった。ゲストの皆さんも思い思いに参拝し、土産を手に取り、春の空気を楽しんでいる。ガイドとして、その様子を少し離れたところから眺める時間が、私は好きである。

売店で黄金だんごを味わう。秩父名産の味噌の香りが食欲を唆る。
下山後は、いこいの村ヘリテイジ美の山にて入浴。秩父の山々を望む湯に浸かりながら、今日の行程を静かに振り返った。
長瀞らしい春の賑わいと、稜線の静かな歩き、そして花のリレー。曇り空の一日でも、山は十分に語りかけてくる。桜とツツジに彩られた春の長瀞を、皆さんと満喫した一日であった。
記録
- 日程:2026年4月5日(日)日帰り
- 形態:ガイドツアー
- メンバー:17名(ガイド1名・添乗員1名・ゲスト15名)
- 山域:奥武蔵・長瀞(埼玉県秩父郡長瀞町)
- ルート:野上駅 → 南向山萬福寺 → 鳶岩分岐 → 防山分岐 → 氷池分岐 → 野上峠 → 小鳥峠 → 奈良沢峠 → 宝登山入口(「毒キノコに注意」案内板)→ 宝登山(497.1m)→ 宝登山神社奥宮 → 宝登山頂駅(ロープウェイ)→ 山頂レストハウス → 宝登山表参道十二丁目 → 宝登山麓駅 → 宝登山神社
- 行動時間:山行 2時間22分 / 休憩 50分 / 合計 3時間12分
- 距離:8.2km
- 累積標高:登り 443m / 下り 387m
- 宿泊形態:日帰り
- 天候:前日雨、当日曇り
- スタート地点:福島 → 秩父鉄道 野上駅
- 装備:トレッキングシューズ、レインウェア(携行)
- 注意点:宝登山直下に急な階段あり。花の季節(桜・ツツジ)はロープウェイに長蛇の列ができる。混雑時は30分以上待つことも。
- 推奨時期:通年(花の見頃:ロウバイ1〜2月、梅2〜3月、桜・ミツバツツジ4月)
- 下山後入浴:いこいの村ヘリテイジ美の山 880円
立ち寄りスポット
- いこいの村ヘリテイジ美の山 – 下山後に利用した日帰り入浴。標高417mの高台に位置し、秩父連山を望む展望風呂が自慢。
※GPXデータは参考情報としてご活用ください。
GPSデータ利用上の注意
本記事に記載のルート情報およびGPSデータは参考情報です。実際の登山・ハイキングの際は、現地の状況・天候・体力に応じてご判断ください。GPSアプリの電波状況や電池切れにもご注意の上、紙の地図と併用することをお勧めします。
【追伸:次は、あなたの番です!】
長瀞アルプス・宝登山での春の山旅の記録、最後まで読んでくださりありがとうございます!
記事の中でご紹介したように、花の季節の長瀞は本当に賑やかで、桜・ツツジ・ロウバイと、一年を通じて花のリレーが続く、誰もが楽しめる素晴らしい山域です。秩父鉄道でアクセスできる手軽さも魅力のひとつです。
「低山ハイキングって、自分にもできるかな?」
「山が好きだけど、一人では少し不安……」
「シーズン初めに、まず体を慣らしたい」
もしそう感じたなら、次はぜひ私にお任せください!
お客様一人ひとりの「わくわく」や「大丈夫かな?」という気持ちに寄り添って、最高の山歩きをデザインするのが、わたしの個人ガイドツアーです。
私も長瀞で感じた、あの「花の稜線を、仲間と歩く喜び」を、あなたにも満喫していただけるよう、心を込めてご案内します!
まずは、おしゃべりする感覚で、お気軽にご連絡くださいね。

